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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

第十一回:ドナルド・E・ウェストレイク『我輩はカモである』(ハヤカワ・ミステリ文庫)+マイクル・クライトン『緊急の場合は』(ハヤカワ文庫NV)

○ユーモアミステリの傑作!

咲: 今回も二冊更新で進めます。毎週更新できない言い訳ではあるんだが。

姫: 今回の場合には「よんどころのない事情」があるということなので。

咲: その事情というのが「二冊目があまりにも微妙な出来で一本もたないから」だろ。どうしようもない。

姫: 愚痴ってばかりいないで始めましょう。一冊目はドナルド・E・ウェストレイク『我輩はカモである』(1967)です。

咲: ウェストレイクは言わずと知れた巨匠。エドガー長編賞を取ったのはこれ一作きりだけど、映画関係の賞は何度も取っているし、巨匠賞も与えられている。つい先年亡くなって(2010年)、アメリカでは過去の入手困難作まで次々ペーパーバック化されているとのこと。簡単に経歴を振り返っても?

姫: そうね。ウェストレイクは作風が広いことで有名。初期はダシール・ハメット的なハードなクライムノベルを書く作家として評価され、同時にリチャード・スタークの名義で、血も涙もない冷徹な犯罪者「悪党パーカー」を主人公にしたシリーズを執筆していた。ところが、1965年『弱虫チャーリー、逃亡中』を振り出しに、ユーモアまじりの犯罪小説も発表するようになる。

咲:その系列で有名なのは、非常に有能なのになぜか運に見放された悲喜劇の泥棒「ドートマンダー」を主人公にしたシリーズ。さらにノンシリーズのユーモア長編(『踊る黄金像』などなど)にも見るべき作品は多い。また同時期、タッカー・コウの名義で「ミッチ・トビン刑事」を主人公にしたシリーズを書いているし、90年代には「悪党パーカー」を再登場させ、2000年前後にノワール小説の傑作『斧』『鉤』を発表し……と、代表作を連ねていくだけで原稿用紙が埋まる。

姫: 今回取り上げる『我輩はカモである』は、ユーモア系列の第二作。この作品が高く評価されたからかしら。ウェストレイクは、こちらの方面に大きく舵を切っていくことになります。ではあらすじを。


我輩はカモである (ハヤカワ・ミステリ文庫)

我輩はカモである (ハヤカワ・ミステリ文庫)

咲: 稀代のカモられ男、フレッド・フィッチのもとに、見も知らぬ伯父さんからの遺産三十万ドルが突然舞い込んだ。普段からありとあらゆる詐欺師に小銭をだまし取られ続けているフレッドだったが、今回ばかりは桁が違う。そもそも、その遺産相続というのが詐欺なのでは?と疑心暗鬼に駆られながらも、とにかく金を受け取ることに。

姫: 死んだという伯父さんは何者だったのか探り始めたフレッドの前に、かつて伯父さんの情婦だったという女が登場。なんと伯父さんはとんでもないペテン師で、ある悪党から金をだまし取ったのが元で殺されてしまったのだという。何も知らなかったフレッドの身にも危険が迫る。果たしてフレッドの運命は如何に?

咲: と言ったような作品です。邦題とは裏腹に、マルクス兄弟の映画とは何も関係がない。とにかく、カモられ男フレッド・フィッチというキャラクターありきの小説だね。別に頭が悪いとかそういう訳ではちっともないし、人並み以上に詐欺師には注意しているはずなのに、お人よしな性質でついついお金を渡してしまい、気づいた時には逃げられてしまっている。

姫: 作中、フレッドは何度も何度もカモられているけれど、とりわけ笑えるのは殺し屋に追われてある女性の部屋に匿ってもらった時、部屋を訪ねてきた詐欺師に、「手持ちがないから」と言って彼女のへそくりを渡してしまうところ。さっきもその手口で騙されただろ!という天丼と、勝手に手を付けた金を騙し取られたことに気づいた瞬間にフレッドの顔が「ぐにゃあ」って歪んだだろうな、という想像が相まって笑いが止まらない。

咲: お笑い小説としても十二分に面白いんだけど、個人的にはフレッドが「もう誰も信じない。あとは勝手にやらせてもらうぞ!」と開き直ってからの展開が非常によかったと思う。味方(のはずだけどいまいち信用できない)警察官の友だち(詐欺の被害届を出し過ぎて友だちになったという因縁の仲)をして「あいつはいままで人を信じ過ぎてほいほい騙されてきたけど、今回は針が逆に振り切ってしまった」と言わせるほどの大転換。誰が助けの手を差し伸べても「むしのいいことを言って、あとで金を奪う気なんだ」と、ほとんどパラノイアックに撥ねつけて、大暴走する。

姫: 伯父さんのくれた大金は、南米のマフィアや詐欺防犯協会などなどありとあらゆる部分に繋がっていて、複雑極まりない状態。そのぐちゃぐちゃの関係性をあるものは捨て、あるものは残しと整理して、一気に大団円に持ち込んで行く。オチ、というかオチ以降でもう一笑いあって、殺伐とした中盤の割にほのぼのとした作品に仕上がっている。

咲: 章と章の間の引きも上手いし、無駄に説明的にせず会話主体で進めているのでとても読みやすい。賞を取っているから、と言うだけでなく、ユーモア小説の佳品として、広く読まれていい犯罪小説だと思うね

姫: こういうユーモア中心のクライムノベルというと、他にはどんなのがあったかしら。もちろんウェストレイクの他の長編は読むにしても。

咲: さっき挙げた『踊る黄金像』はハチャメチャスラップスティックコメディの傑作ということで、必読(バカミス大賞のトロフィーはこの像を元にしている、という話は有名)。ドートマンダー物では、個人的には『ジミー・ザ・キッド』が好きだな。「悪党パーカー」シリーズの『誘拐』という(実在しない)長編を読んで、誘拐でひと儲けしようと企んだドートマンダーたちが、攫った天才児に翻弄されるという楽屋オチめいた作品だけど、考え抜かれた良作。

姫: 誘拐ものというと、トニー・ケンリック『リリアンと悪党ども』が素敵ね。誘拐犯に子どもを「攫わせる」ために作られた大金持ち(という設定の)疑似家族の物語で、次から次へとバカバカしい「金の使い方」を思いついては浪費するというのが最高にお馬鹿で笑えるわ。終盤、本当に攫われた女の子を救い出すために偽物のパパとママが奮闘して、思わず感動させられてしまうところまで、良く出来てる。

咲: ケンリックはどれもいいよなー。いつの間にかどれも品切れになっているけれど。

姫: 何年か前に『スカイジャック』『マイ・フェア・レディーズ』と三冊合わせて復刊したのも品切れ? ウェストレイクも『ホット・ロック』以外の三冊は品切れ、同期復刊組のニーリィも品切れ……例によって例の如しだけど、角川書店許せない(ワナワナ

咲: amazonとかで高騰してないのが救いだけど、こういう面白!な海外ミステリが当然のように品切れ重版未定になっているのは辛い。若い読者だってこういうの読みたいんだぞ。「ユーモアミステリ流行ってます!」とか「イヤミスを読みましょう!」とか、どうでもいい国内作品を重版・文庫化するなら……。いや具体的に何を批判しているという訳でもないデスヨー。

姫: また、ブックオフ105円でセットを作って後輩に投下する作業を始めなければ。

咲: 頑張ろう。

○テンション高めからの医学ミステリ

姫: 二作目はマイクル・クライトン『緊急の場合は』(1968)。執筆当時は大学生だったこともあって、ジェフリー・ハドスンという筆名を使ってペーパーバックを書き飛ばしていたクライトンが、初めてハードカバーで発表した作品……ということが、文庫版まえがきに色々書いてあって、面白いわね。

咲: この作品の一番面白いところは、そのまえがきだしね

姫: クライトンについては、映画ジュラシック・パーク『タイム・ライン』の原作者と言えば分かりやすいかしら。テレビドラマ『ER』の製作総指揮をとっていたのでも有名ね。身長206センチ。多ジャンルに影響を及ぼした天才だったけど、2008年に惜しまれつつなくなったわ。

咲: 俺グリーン先生好きだったわ……。途中で死んじゃうけど。あとロス先生もいいキャラしてたわ。救急車が入ってくる病院裏の駐車場がバスケットコートになってて、いきなり二人でゲーム始めたりする。最高や。

姫: あくまでも『緊急の場合は』の話をしたくないようね。

咲: だって、つまらないじゃないか。

姫: 何にせよあらすじ紹介お願いします。

緊急の場合は (ハヤカワ文庫NV)

緊急の場合は (ハヤカワ文庫NV)

咲: 病理医のジョー・ベリーはボストンの病院の勤務医。ある日、友人で同僚のアーサー・リーが突然逮捕された。リーは違法の妊娠中絶手術を行ない、誤って患者を死なせてしまったのだという。しかし、リーがこれまで何度も中絶手術に携わっていること、また被害者の女性に妊娠の兆候が見られなかったことから、ベリーは何らかの陰謀を感じ取る。

姫: 御苦労さま。これ以上語っておくことないわね。で、この作品について一言述べるなら?

咲: うーむむ。まあ、つまらない、とさっき言ったのは撤回する。だが、決して褒められた作品ではないのも事実だろー。ご都合主義の塊で、主にベリー君のわがままで成立している作品だぞ。

姫: それはその通り。この作品、なんかおかしいのよね。書き飛ばしというか、最後まで考えずに勢い任せで書いている感がひしひしと感じられる。たとえば、最初の条件である「病理学的には妊娠していないはずだから、そもそもリーが中絶手術をやったという前提がおかしい」という前提が見る見るうちに崩れて行って、結局、本当のところはやっぱり中絶手術中の事故だったということに落ち着くという。まあ、真犯人はリーではないんだけど。

咲: ホルモンバランスがどうこうという最初の病理学的所見は、どこかで消えてしまっているんだよ。これと同じようなスリップがあちらこちらに散見されてすごく気になる。それを、ヒキの良さとベリーの「真実を追求する姿勢」でゴリ押しして、気にならないレベルまで薄めてしまっているのがずるいっていうか。

姫: それをいい加減と考えるか職人技と取るかで、この作品の評価が割れそうね。あと、医学の専門用語がドンドン登場するのでそれを注で補っていたり、物語の最後に医学読み物みたいな章が補足されていて、中絶の違法性の問題などが補足されていたりするのは、ちょっと面白いわね。

咲: クライトンは「啓蒙」の人だから、サイエンス・ライティング的な意味合いもこの作品の中に込めていたんじゃないかな。そういう意味では、後の作品にも繋がっていく部分ではある。

姫: 実際、いまこの作品を読むと粗が目立つのは事実。でも、こういったエンタメ小説と実際の医療現場に密着した読み物の融合体が、当時のアメリカで熱狂的に受け入れられたというのも、何となく納得出来る。最新の医療技術を作品に取り込んだ海堂尊が、いまの日本で受けるのと同じよね。医学への信頼とその裏にある不信感を抉ったという意味では、社会派的な役割も持っているのかな。

咲: 今回のまとめそれでいいや。

○次回予告

姫: 次回はディック・フランシス『罰金』(1968)です。

咲: フランシスはどうも苦手……どれも面白いと言われているけれど、その中でも「実はあまり面白くない」と言われるあたりを、仕事でまとめ読みしたからかな。微妙に不安がある。

姫: その辺りの話は次回ぜひね。それにしても、フランシスはこの攻略で三回取り上げることになるのよね。その第一回ということで、気合入れていきましょう。

咲: (自分は好きだから、地味にテンション上がってる……困るわ)

姫: では次回!

(第十一回:終了)

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チーム・バチスタの栄光

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