第一回:シャーロット・ジェイ『死の月』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
○ごあいさつ
三門優祐でございます。普段から当ブログをご覧いただいている皆様、ありがとうございます。ブログ開設から数カ月経ち、主催の逃避など諸々の都合で更新が遅れる時もありますが、ボルガ博士、お許しください!
さて、私三門も連載っぽいような、手抜きめいた作品紹介記事をちまちまと書いてきましたが、やはりコンセプトなしに何がしかを綴るというのは、若輩には相当無理がございました。先の予定がまるで立たない状況です。ということで、こちらの連載枠については一旦中断。仕切り直しての第一回を掲載する運びになりました。
肝心の内容ですが、「エドガー賞受賞作レビュー」といたします。コンセプトは「過去のエドガー賞受賞作が、いま読むに足るかどうかを再検証すること」です。広く知られた名作から新刊の荒波に消えた無名作まで、とりあえず読んで感想をまとめてみる。ようするにただの読書感想文ではありますが、皆さまの読書ライフに多少なりとも貢献できれば、これに勝る喜びはありません。
もう一点、この「エドガー賞攻略作戦(仮)」は、いわゆる対談形式で進めていきます。友だちが少ない三門の脳内人格とも言うべき咲口君と姫川さんは、在学中に機関紙原稿でしばしば登場いただき埋まらぬ原稿をともに埋めてきた、いわば修羅場の友。今回もなんだかんだとおしゃべりしていただく予定です。皆さまにも、三門の寒い一人芝居にお付き合いいただくことになりますがご容赦を(フフ
本連載含め、今後とも「深海通信」を御贔屓のほど、よろしくお願いいたします。
それでは二人にご登場いただきましょう(暗転)
○対談開始〜まずはあらすじ説明
咲口(以下略称「咲」): えー、数年ぶりの対談を始めたいと思います。姫川さん付いてきてる?
姫川(以下略称「姫」): あまりにも久しぶりすぎて非常に堅くなっています……まあいいわ、切り替えましょう。さて、どこから話をはじめたらいいものかしら。
咲: 実際の作品に触れる前に、今回レビュー対象となる「エドガー賞」という賞がどういう賞かということを説明してみよう。
姫: 「エドガー賞(Edgar Award)」は、アメリカ探偵作家クラブ(通称MWA)が年に一度発表する、年間最優秀のミステリを顕彰する賞。対象となるのは、前年の1月1日から12月31日までの期間にアメリカ合衆国で初めて発表された作品ね(注:翻訳含む)。
咲: 長編部門が有名だけど、デビュー長編部門、短編部門、ペーパーバックオリジナル長編部門、YA部門、映画部門、ドラマ部門、評論部門など評価対象は多岐に渡る。今回の対談で取り上げるのは、やはり有名どころの長編部門だ。2012年は東野圭吾『容疑者Xの献身』の翻訳版が、候補に上りちょっと話題になったね。
姫: MWAは1945年発足だけど、長編部門が始まったのは1954年ということだったわね。当初からあったデビュー長編部門は「アメリカ合衆国生まれの作家」という条件が付いていてヴァリエーションに欠けること、未訳作がいくつかあること、初期の幾つかの作品が入手困難であること、などの理由から参考程度に留めています。悪しからず。
咲: さて、口が回るようになってきたところで、本題に入りますか。今回取り上げるのは、第一回エドガー賞長編部門受賞作、シャーロット・ジェイ『死の月』(1952)だ。
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咲: 読んでいる人も少ないと思うので、少し詳しく内容を紹介しよう。第二次世界大戦終了直後のパプア・ニューギニアが舞台。美貌のヒロインであるエマは、自殺したとされる夫デーヴィッドの死の真実を求めてこの地を訪れる。実はエマが登場する前のシーンで、デーヴィッドが金目当ての怪しげな男とともに奥地の村に向かったらしいことが示唆されている。だから読者はその村で何かが起こったということを薄々感じながら読む訳だ。
姫: 彼女は現地の行政局に無理やり就職して、事情を知っていそうな人たちに聞いて回るのね。でもみな「その村については何も知らない、あなたのような人は早く故郷に帰りなさい」と言うのみで、本当のことを教えてくれない。話を聞いて行くと、その奥地の村には恐ろしい呪いの技法が伝わっていて、下手なことをすると呪殺されるらしいのよ。調査団のメンバーの一人が村を訪れた直後に死んでいるし、夫の自殺もどうやら呪いと関わりがあるとか、そういうことになっているのね。
咲: 呪いなどという非科学的なものを信じないエマは、一度その村に行ったことのある行政局の同僚、それから現地人のガイドとともにジャングルの道なき道を越えて、村を目指すんだ。そして辿りついた村で見た衝撃の光景とは……というのが、この作品のクライマックスシーンに当たる。
姫: そこから先は実際に読んで確認して欲しいわね。今風の「どんでん返し連発小説」と比較するとどうしても小粒に感じられるけれど、きちんと「意外で厭らしい真相」を提示してくるあたりは好感が持てるわ。
○内容検証〜まるで文芸評論ですね
咲: 内容に踏み込むのはもう少しあとにして、まずは作者本人について。この作家、実はオーストラリア出身で、かの国ではそこそこ有名な作家らしいんだ。ミステリは全部で九作書いていて『死の月』は第二作にあたる。夫が外交官で、一緒に色々な国を回ったとのこと。そこで得た知見を元に作品にエキゾチックな色彩を加えていった……とウィキペディアには書いてあったよ。
姫: ちょっと詳しいと思ったら、そういうことだったのね。研究書が出ているとか言っていたけど、そこまでは読んでいないと。怠慢ねえ。
咲: うー、痛いところを。そこはいずれ勉強しておきます。何にせよ、アーサー・アップフィールドだとかカーター・ブラウンだとかと並ぶ、オーストラリアミステリの一角らしいというところまでは分かった。邦訳は『死の月』一冊で終わっているけれど。
姫: 先立って短編集『フランクを始末するには』が刊行されたアントニイ・マンもオーストラリア人だったわね。パトリシア・カーロンとかパット・フラワーとか、少し気になる作家もいるんだけど、系統だって紹介するのは難しいのかしらね。華がないか。
咲: アジア圏にこっそり混ぜてくれないかなー、とか思ってるけど無理やね。
姫: シャーロット・ジェイがオーストラリアではそれなりに有名な作家だということは分かったわ。ところで、ねえ、咲口君はこの作品についてどう思うの?
咲: 姫川さんは、さっき真相部分について比較的好意的に言っていたけれど、サスペンスとしては弱いと思うね、個人的には。その原因の一つは明らかに翻訳の古さなので、公正な判断は難しいけれど。
姫: 確かに今読むにはかなり厳しい翻訳よね。「っ」が大きいとか、登場人物の訳し分けが成功していないとか。行政局に勤める男たちとヒロインとの大きな対立の中で、それぞれのキャラクターの立場の違いによって物語に厚みを与えていくはずの部分が、根こそぎ平板な感じになってしまっている。
咲: そこは、原文の時点で既に失敗しているんじゃないかな。同じ恩地三保子の訳でも、例えばクリスチアナ・ブランドの『自宅にて急逝』や『ジェゼベルの死』は普通に訳し分けが出来ているんだから、訳者の実力不足ということはないと思う。
姫: なるほど納得。ま、邦訳年代の差については目をつぶってあげるわ。じゃあ、キャラクター小説としてはどうかしら。特にヒロインのエマについてだけど。
咲: そうだな。この作品の後半から終盤は、エマの成長小説としての側面に大きく筆を割いている。最初は本当に箱入り娘で父親や夫、男性一般につき従うのが当然と考えていた女性が、熱帯の気候・環境に晒されて、一個の人格として完成する訳だ。
姫: 白色人種は、熱帯へのいわば「侵略者」よね。行政局の男たちは各人色々な意見を持っているようだけれど、究極的には「白人の科学」で「熱帯の野生」を支配するという形に落ち着くと考えられる。ところがその方向性は、究極的には失敗する。科学は異境の闇に、恐怖に飲み込まれてしまうわ。ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』のように。ところがエマは、彼女なりに「熱帯の野生」すら受け入れる。女性性が植民地主義を内側から批判する、とでもいったところかしら。
咲: 今日の君はやけに語るね。そういう意味では、意義ある表明と取れないこともない作品だけど、なにしろ「エドガー賞」受賞作だぜ。エンタメとして面白くないと困る。
姫: むう、そこよね、今日大事なのは。正直、エンタメ的により面白い作品はいくらでもあったでしょうに、何故これを選んだのか、理解に苦しむわ。
咲: ほかの候補作が分かればよかったんだが、本家サイトを調べても分からなかった。まああれじゃないか。第一回ということで、目先の変わった作品を提示して見識を示しておきたかったとか。
姫: そんな見栄で賞を選んでいる訳……ないとも言いきれないわよね。
咲: 結論としては、「後半から終盤にかけての成長小説的側面、および意外な結末には見るところがあるが、全体的にサスペンスに欠けること、訳があまりにも古いことは如何ともしがたく、敢えて読むほどでもない」と言ったところか?
姫: はい、文句ありません。毎回こんな感じでまとめていければいいわね。
○次回予告
咲: さて、次回取り上げる作品はレイモンド・チャンドラー『長いお別れ』です。それにしても、ドマイナーからドメジャーへの揺り戻しが凄まじいな。
姫: 私は何度も読み返しているし、語るとどうしても感情的になってしまうと思うから、次回は咲口君に全面的に譲ってあげるわ。
咲: OK。その代わり、次の次は姫川さんに譲るよ。俺のすごい好きな作品だから。
姫: はぁい。今から読みこんでおくわね。それじゃ今日はおつかれさまー。
咲: ういー。また来週よろしくー。
(第一回:了)
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