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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

【第16便】2012年3月新刊レビュー

新刊レビュー

放置してしまってごめんなさいの気持ちでいっぱいです。

もう5月も終わりなんですが、とりあえず3月分の新刊レビューをアップします。4月分も今月中には何とか。

本数が少ないので、国内・翻訳を同時に掲載します。



有栖川有栖『高原のフーダニット』(徳間書店

高原のフーダニット

高原のフーダニット

 本書は3作から成る中編集だが、どれも異色を放つ作品である。
 「オノコロ島ラプソディ」はまず冒頭で示される通り、作中人物と読者が同じ衝撃を受ける叙述トリック、を試みた実験作。叙述トリックの性格を超えようとする綱渡り的な試みであるが、作者のミステリに対する飽くなき探究心を改めて実感させる作品だ。
 「ミステリ夢十夜」は異界に迷い込んだような奇妙な掌編作品集だ。現実感が遠くに感じるにも関わらず、実は間近に現実がひっそり隠れていたというような……。悪夢的で奇妙な味わい、癖になる。
 最後の「高原のフーダニット」は一般的に有栖川有栖と言われて思い浮かぶような作品である。双子の弟を殺害してしまった兄は自首することにするが、その兄まで何者かに殺されてしまう。些細な事柄から推理を導く安定した面白さを持ちつつも、事件解決そのものに至るストーリーは異色である。
 いずれの3作も決して一辺倒には終わらない。有栖川有栖の作品がこれからもまだまだ成長・発展していくことを期待させる一冊。(レン)


『修道院の第二の殺人』アランナ・ナイト(創元推理文庫

修道院の第二の殺人 (創元推理文庫)

修道院の第二の殺人 (創元推理文庫)

 舞台は1870年、ヴィクトリア朝期のエジンバラ。二人の女性を殺した罪で絞首刑となった男は、しかし、第二の殺人については死ぬまで否定し続けた。その訴えに心を動かされたファロ警部補は、義理の息子ヴィンスとともに独自の捜査を始めるが……。
 決して本格的な「歴史ミステリ」ではない。そのため、ディケンズ的な19世紀イギリスを期待して読み始めるのはあまりお勧め出来ない。文化・風俗描写が正直それほどしっかりしているわけではないのだ。しかしそれゆえ、お堅い歴史小説とはならず、読みやすく軽快な小説として仕上がっている。
 その読みやすさを助長させているのが、主人公ファロ警部補のダサ中年っぷり。奥さんに死なれて義理の息子を溺愛、モテ男の部下に嫉妬、墓地で会った女に一目惚れ、恋にメロメロで仕事も出来ないぜ、という全力の可愛さを見せつける。シェークスピアに乗せて語られる恋模様は、どこか儚げで美しい。彼こそが、本書最大の魅力だろう。
 ミステリとしては、結局修道院の第一の殺人はなんだったのか、とか、匿名の手紙を出したの誰だよ、とか、証拠ないじゃん、とか、いくらでもケチは付けられるのだが、そもそも本書を本格ミステリとして評価しようとするのが間違っている。19世紀の雰囲気に浸りながら、くつろいだ気分で読んで欲しい一品である。(吉井)


ジョージェット・ヘイヤー『マシューズ家の毒』(創元推理文庫

マシューズ家の毒 (創元推理文庫)

マシューズ家の毒 (創元推理文庫)

 嫌われ者の伯父が突然死を遂げた。持病の心臓発作かと思われたが、検死をしてみるとニコチン中毒による他殺だった事が判明。捜査に乗り出したヤードのハナサイド警視は、現場が綺麗に片づけられていることに気づき衝撃を受ける。証拠なし、山ほどの動機を抱えたまま、ひたすら聞き込みを進めていくハナサイドだったが……。
 前作『紳士と月夜の絞首台』は、アントニイ・バークリーばりのミステリおちょくりミステリだったが、この作品はかなり濃厚な本格ミステリに仕上がっている。容疑者だらけの一族から、唯一毒を仕込み得た人犯人をあぶり出すフーダニットを核にした作品だが、ごく丁寧に伏線を張りながら、「ユーモア」の糖衣にくるんでさりげなく飲ませてしまうという、伝統の技が利いている。
 いかにもハーレクインヒロインの主人公を振り回す、伯母叔母おばさんたちのキャラクターが実にこゆい。彼女の相手役で、物語の舵取り役でもあるランドール君は、キザッたらしの由緒正しき艶男※。彼らのひどく噛み合わない会話は、自然な笑いを誘う。すれっからしの読者も思わず夢中になるクラシックミステリの佳品だ。(三門

艶男とは……ハーレクインロマンスに登場する恋人役の男キャラのこと。詳細はハーレクインロマンス名作セリフ集「艶男の品格」参照のこと


岸本佐知子編『居心地の悪い部屋』(角川書店

居心地の悪い部屋

居心地の悪い部屋

 編者が愛してやまないという「うっすら不安になる小説」を集めた良アンソロジー。一体どこからそんな電波を受信したのか作者に聴いて見たくなる作品ばかりだが、特に印象に残った作品を挙げると以下の通り。
ジュディ・バドニッツ「来訪者」:一人暮らしの娘を訪れようとする父母が、娘との間に交わした通話を逐一記録した短編。表面上ごく当たり前の会話をしているのに、読者の視点からはものすごく不穏な何かが起ころうとしているように見えて仕方がない。
○ジョイス・キャロル・オーツ「やあ! やってるかい!」:マラソンに勤しむマッチョのイケメンが何故か殺されるまでを描く。あまりにもつるつると切れ目なく文章が続くので、ほとんど無心で読んでしまうところを、端々で「やあ! やってるかい!」 ドン!とぶった切られる不愉快さがすごい。
○ブライアン・エヴンソン「ヘベはジャリを殺す」:異色というよりも異形。あらゆるバックグラウンドを排除された二人の人物が、殺し殺される関係をありのまま受け入れている。淡々とした文章は全く問題なく読解できるのに、頭の中で再構成できない。読者の理解を強固に阻む、不気味に過ぎる短篇。
 装丁も素晴らしいし、変な小説を愛好する読者は全員買いの一冊。岸本佐知子が変なアンソロジーを編集し続けられるように、みんなで応援しましょう。(三門


新刊これだけということはないはずなんですが。
年度切り替わりの時期ということもあって、読めても書けなかった人が多かったようです。精進あるのみ。