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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

【第15便】深海春のカー祭り 第一弾 「『ユダの窓』所感」

 昨日更新して今日も更新する、そんな速度に慄然としますね。ここは本当に深海ですか?

 「深海春のカー祭り」第一弾は、以前「『誰の死体?』再読レビュー」を投稿していただいたTSATOさんによる『ユダの窓』レビューです。今回も、明解な分析に裏打ちされたグッドなレビューを書いていただきました。ぜひご一読下さい。

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 ジョン・ディクスン・カーは密室作家にあらず―というより、密室「だけ」の作家にあらず、とはよく言われる。もちろん「密室」は重要な要素だ、それは間違いない。だがそれ以上に、カーという作家は優れたストーリーテラーなのだ、と。まあ、70冊近くもある長編のうち、たかだか20冊程度しか読んだことのない人間が偉そうに語れることでもないだろうが、この『ユダの窓』という小説を読むと、なるほど確かに、その言葉にもうなずける。
 
 クリスマスパーティーの場でメアリー・ヒュームという女性と知り合ったジェイムズ・アンズウェルは、1月4日の土曜日の夕方にメアリーの父、エイヴォリー・ヒュームに会いに行く。エイヴォリーは二人の結婚に賛成の様子で、不安な要素などないはずだった。ところが、ロンドンから電話をかけてみるとそっけない返事で、訪れたヒューム邸には重々しい雰囲気が立ち込めている。妙に緊迫した空気の中、それでも結婚には賛成だという返事で、アンズウェルは飲み物を勧められる。と、急に意識が朦朧としだし、その場に倒れこんでしまった。気がついてみれば、エイヴォリーは飾りもののアーチェリーの矢で胸元を刺され、死んでいる。室内は窓、扉ともに内側からがっちりと施錠されており、アンズウェルのほかには誰もいない。こうして、エイヴォリー殺害の容疑に問われたアンズウェルの裁判が始まる……
 
 『ユダの窓』はカーの代表作でご存知の方も多いだろうし、以上のあらすじからもお察しいただけると思うが一応説明すると、この作品は本編のほとんどが裁判の描写に割かれる法廷ミステリ的小説だ。シリル・ヘアーやE・S・ガードナー、(現代ではジョン・グリシャムだろうか)といった作家には詳しくないので比較はできないが、法廷での証言に対する傍聴人や陪審たちの反応を挟みつつ緊迫感を盛り上げていく、その手腕はさすがで、これだけでもかなり面白いと思う。
 確かに、「玉に瑕」だってないわけではない。途中「殺人を目撃した手紙」というものが登場するのだが、その説明はちょっと苦しいし、登場人物の印象はいまいち薄い(話のほとんどが裁判部分なのである程度は仕方ないけど)。メアリー・ヒュームは実質的なヒロインだが、「自身に騎士道的な献身(それがどういうものかは本編でご確認いただきたい)を捧げるアンズウェルを心配する純真な女性」以上の個性はないし、犯人の動機も、犯人と被害者の関係は生々しくて良いけれど、最後のほうでいきなり語られるため、ちょっと唐突に感じる。
 だが、この小説にはそれらを充分に補って余りあるだけのものがある。だがそれは密室トリックではない。この作品、密室トリックはたいして重要ではないのだ。念のため書いておくが、別にトリックそのものの出来が悪いというわけではない。たびたび言及される「ユダの窓」の正体―それはどんなドアにもあるのだ―は盲点を突いたもので、あの凶器ならではのトリックで面白い。だが、この小説全体でトリックそのものの果たす役割は限定的だ。
 『ユダの窓』は「プロローグ 起こったかもしれないこと」「中央刑事裁判所 起こったらしいこと」「エピローグ ほんとうに起こったこと」の三つの部分からなる。プロローグ以外はワトソン役ケン・ブレークの一人称だ(プロローグも供述などで間接的に知った話をケンがまとめた、という解釈もできるだろうが)。小説の大部分を占めるのはもちろん「中央刑事裁判所 起こったらしいこと」で、これはさらに18章に分けられる。でも個人的には、一番重要なのはプロローグだ、と思う。このパートでは唯一、生前の被害者の姿が描かれるのだが、この短いページ内でのエイヴォリーの言動が、のちのち重要な役割を果たすことになる。
 全18章のうち、1〜9章は主に訴追側の証人喚問で、主に検事総長サー・ウォルター・ストームがアンズウェルの犯罪を立証していく様子が描かれる。当然のことながらアンズウェルには不利な証言ばかりで、途中何度かメリヴェールの反対尋問で光明が見えかけもするのだが、決定力にはならない。挙句、被告人自身のある行動によって、有利になりかけた流れをつぶしてしまう。
 この「アンズウェル圧倒的不利」の流れを一気に変えるのが10章、「被告人を喚問する」だ。ここから、弁護側による証人喚問が始まる。「裁判官閣下、ならびに陪審の諸君」から始まり、「被告人を証人として喚問する」で締めくくられる弁護人サー・ヘンリー・メリヴェールの堂々たる(ハッタリの利いた?)冒頭陳述もすばらしいが、本番はこの後の証人尋問だ。真っ先に証言台に呼ばれたのはなんと被告人のジェイムズ・アンズウェル自身。山口雅也の解説によれば、被告人を弁護側証人として法廷に呼ぶという行為は、検察側の反対尋問で切り崩される可能性が高い、非常に危険な行為だという。
 この尋問において、メリヴェールは被告人と被害者の会見の様子(つまりプロローグで描かれた部分)をひとつひとつ丁寧に質問していく。被告人の行動を確認し、被害者の発言を一言、一言、検証する。それを、ここまで法廷で提示されてきた証拠と照合することで、被害者の不可解な態度を説明し、事件の様相を一変させてしまうのだ。
 これ以降、まだまだ未解明の部分を残しながらも、アンズウェル不利の流れは決定的に変わり、メリヴェール怒涛の反撃が続くことになる。「都合が良すぎる」という批判もあるかもしれないが、この話のもっていき方は実にダイナミックで、密室や犯人の正体といった物事は、この「大転回の衝撃」に比べると、あくまで二次的なものなのではないかとすら思えてしまうほどだ。これを「あのペリイ・メイスン弁護士でさえ生涯三度しかやっていないと言明しているほど」(解説)難しい被告人の証人尋問の場のシーンに持ってくるというのも、さすがのセンスの良さ、といえるのではないだろうか。

 エリザベス・フェラーズ『さまよえる未亡人たち』を思わせるような繊細な技巧で支えられたプロットに、メロドラマ的要素(ヒロインの造形など)、弓矢、ちぎれた羽などの魅力的な小道具を巧みに使い、大風呂敷を広げていく。おそらく、作者自身も楽しんでいるのではないだろうか。しかも「こんなの好きなの俺だけだろ」みたいな僻みなど微塵も感じられない。そんな稚気と技巧に満ちた本作は、たしかに巨匠の代表作といわれるにふさわしい作品だ。


ユダの窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫 6-5)

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偽証するおうむ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ415 ペリイ・メイスン・シリーズ)

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さまよえる未亡人たち (創元推理文庫)

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