【第13便】2012年2月新刊レビュー(翻訳編)
続いて翻訳編。
ドン・ウィンズロウ『野蛮なやつら』(角川文庫)
- 作者: ドン・ウィンズロウ,東江一紀
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/02/25
- メディア: 文庫
- 購入: 2人 クリック: 35回
- この商品を含むブログ (18件) を見る
カット割りのように、シーンごとに細かく分かたれた全290節の構成は、その実、話のドライブ感も細切れされたようで、よい効果を生んでいるとは言い難い。展開も大味な印象が強い分、詩情にあふれた文が悪目立ちする。唯一、ラストシーンでそれらが噛み合い、アメリカンニューシネマを切り取ったかのような美しさを呼んではいるのだが。
映画化と続編の情報もあるが、やはりもっとスケールの大きいストーリーでウィンズロウの真摯な怒りを感じたいというのが正直な所である。だってこれじゃ垣根亮介にそっくりじゃん!(kaneo)@kaneo_
ソフィ・オクサネン『粛清』(早川書房)
- 作者: ソフィオクサネン,Sofi Oksanen,上野元美
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/02
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 28回
- この商品を含むブログ (23件) を見る
「狭義のミステリ」ではないどころか、広く取ってもジャンル小説とは言いかねる純文学作品だが、ここは何書いてもいいというのが売りのスペースということで紹介。
七〇代でエストニア人のアリーダと二〇代でロシア人のザラ、二人のまったく異なる人生が、様々な手記や公的書類を交え重層的に語られていく。二人にはそれぞれ秘密がある。何故彼女たちは「ここ」にいる/現れたのか。二人の対話と、過去の回想がその秘密のヴェールを剥がして行く。ナチスドイツの敗北、エストニアの共産主義化、ソ連邦の解体。押し寄せる歴史の大きな流れの中で生まれた、アリーダの「道ならぬ恋」が振り出しで、そこから全ての物語が描かれたことを、ザラは、アリーダは、読者とともに知るだろう。
許しもなく容赦もなく、しかし静かな物語に圧倒される。2月の必読本。(三門)@m_youyou
ヨハン・テオリン『冬の灯台が語るとき』(HPM)
- 作者: ヨハンテオリン,三角和代
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/02/09
- メディア: 単行本
- 購入: 3人 クリック: 36回
- この商品を含むブログ (37件) を見る
屋敷には建設当時から死にまつわるエピソードが多く刻まれており、事故か事件か分からない今回の悲劇もまるで場が引き寄せたかのようだが……。現代については家族を失った夫、新任の女性警官、別荘狙いの空き巣犯の三者の視点を用い、屋敷が見てきた過去に関しては手記や昔話を通じて語られ、そうしていくつもの方向から徐々に外堀を埋めていくように話が進行する。北欧の島の冬の厳しい自然や幽霊屋敷じみた舞台など情景については落ち着いた薄暗い演出である一方、登場人物はよく動き、何か発見しては話が展開していく流れにロール・プレイング・ゲームをしているようなわくわくする感覚のあるのが面白い取り合わせだ。
前作ほど謎解きの味付けは強くないものの、最終的に老人ホーム暮らしの元船長イェルロフが豊かな人生経験をもって疑問を解消してくれるというおじいちゃん探偵の活躍するスタイルは確立できている。このように話作りの上手さは充分だが、2作目にして甘さが見えてきたのは心情・人物である。まずまず書けているのが話の進行とも関わる夫の心情くらいで、こんな片田舎の島に赴任したての若い女性警官だとか、魔女じみた姑女だとか何人も面白そうなキャラクターが登場するのに掘り下げが不足していたのはもったいない。今回登場した彼らがより活躍できることにも期待してシリーズ続編を待ちたい。(てつろう)@_1026
- 作者: パオロ・バチガルピ,鈴木康士,中原尚哉,金子浩
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/02/09
- メディア: 新書
- 購入: 3人 クリック: 111回
- この商品を含むブログ (59件) を見る
これらの世界は「未来が閉ざされている」という一点で共通している。明日も無く、希望も無く、生命がモノ扱いされ、人間が緩慢な死へと進んでいく世の中で、しかしバチカルピの描く主人公は生きることに貪欲だ。自らの知性を信じ、理不尽に耐え続けながら、より良い生き方を希求しようともがく。「それが人間なんだ」と、バチカルピは言いたいんじゃないかな。(ねまの)@nemanoc
フェルディナント・フォン・シーラッハ『罪悪』(東京創元社)
- 作者: フェルディナント・フォン・シーラッハ,酒寄進一
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2012/02/18
- メディア: 単行本
- 購入: 6人 クリック: 32回
- この商品を含むブログ (69件) を見る
フォン・シーラッハの作品の中で印象に残るのは、周辺情報を刈り込み、物語のコアを削り出した極めて短い作品、まさに「掌編小説」である。前集の「棘」や「緑」について、私は以前「ハイスミス的パラノイア」と考えたが、ハイスミスもこういったスケッチを非常に得意としている点は指摘しておきたい(『女嫌いのための小品集』は傑作!)。
本集で個人的に印象に残った作品を挙げれば、暴行の結果出来てしまった子どもを死なせ、捨てようとした少女(「寂しさ」)、大量の死体写真を運び、警察に捕まった男(「アタッシュケース」)、お役所仕事の残酷な不条理(「司法制度」)など。
中途半端な長さのクライムノベル「鍵」などは読むに堪えなかったが、2011年刊の初長編はいかがなものだろう。今の流れならばいずれ紹介されるだろう。刊行が楽しみだ。(三門)@m_youyou