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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

【第10便】2012年1月新刊レビュー(翻訳編)

新刊レビュー 翻訳小説

お次は翻訳編です。今月も力作多数。


アルジャーノン・H・ブラックウッド『秘書綺譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』(光文社古典新訳文庫)

秘書綺譚―ブラックウッド幻想怪奇傑作集 (光文社古典新訳文庫)

秘書綺譚―ブラックウッド幻想怪奇傑作集 (光文社古典新訳文庫)

 オールドファッションな怪奇ホラーが並ぶ小品集。日本でも芥川龍之介などの名だたる文豪が影響されただけあって、初見で「どこかで見た」印象を持ってしまうのは古典のご愛嬌。
 本短編集ではジム・ショートハウスという青年がフィーチャーされている。彼は怪異を惹きつける体質らしく、次々と不可思議な出来事に見舞われる。イギリス版稲生平太郎とでもいうべきか。表題作となっている「秘書綺譚」もショートハウスにまつわる一篇だ。秘書として雇われた彼は雇い主からかつての共同経営者ガーヴィ氏へ書類を届けることを依頼され、ガーヴィの屋敷まで赴く。だがそこは狂気の坩堝だった。真空を好む召使(クトゥルフっぽい)や生肉中毒のガーヴィ氏、さらには屋敷自体にも猟奇が潜んでいて……という具合。飾り立てた文体と微に入り細をうがった緻密な描写が盛り上げてくれる。おどろおどろしい筋だが、どこかコミカルさが漂うのはショートハウスをはじめとした登場人物たちがよく立っているからだ。
 全体のベースとしては自然の不可思議さよりも人間の恐ろしさ、業の深さにより焦点が当てられており、乱歩などの国産怪奇小説に親しんだ読者にとっても「原点」を探る意味で有意義な作品となるだろう。(nemanoc)


ジョン・ハート『アイアン・ハウス』(HPB/ハヤカワ・ミステリ文庫)

アイアン・ハウス (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

アイアン・ハウス (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 兄は凄腕の殺し屋、弟は気鋭の絵本作家。かつて孤児院で生き別れたマイケルとジョナサンは違う世界に生きていた。しかし、マイケルが恋人と家庭を持つため汚れ仕事を辞めたことを契機に、二人の運命は再び交差する。
 家族を、あるいはそこに根ざす絆を描いた物語である。何物にも代えがたい弟を、恋人を、我が子を守るため、マイケルは手段を選ばない、や選ぶことすら許されない。次々に浮かび上がる嘘、陰謀、悪意がマイケルを追いつめていく。よどみなく紡ぎだされる物語の波に乗せられてあれよあれよと読み進めるうち、お約束通り悪は滅ぶハッピーエンドへ……ようするにいつものハートであり、そしてそれゆえに、最悪の失敗作である。
 ハートは、この作品にもう一つ裏テーマを仕込んでいる。それは「歪んだ家族愛」である。この歪みは「分かりやすい」物語に一風変わった精彩を与える。本作を作者の転機たらしめる、その可能性の片鱗を感じさせる。しかし作者は、物語の結部で物語を牽引する綱を手放してしまう。歪みから目をそらし、一見正常な部分だけを抽出する。「家族の平和」を、「善の勝利」を謳って見せる。そんなものが嘘っぱちだということは誰の目にも明らかなのに。
 それでも評価され、そして売れるのだろう。分かりやすいものが売れるのは当然だ。しかし、下手を打てばそこにあるのは「安直さ」ではないか? 困難に立ち向かわず手なりに走ってしまう作者は信頼に値しない、そう感じた。(三門


ジム・ケリー『火焔の鎖』(創元推理文庫

火焔の鎖 (創元推理文庫)

火焔の鎖 (創元推理文庫)

 「偶然」は物語を輝かせもすれば殺しもする、いわば諸刃の刃である。偶然は物語を膨らませ、読者の予想を越えるものに昇華させる。しかし、多すぎる偶然は、物語をいかにも嘘っぽい、ありえないものに堕落させる。その匙加減は、まさに語り手である作者の腕次第と言えよう。
 ジム・ケリーがその実力を如何なく発揮した本作は、デビュー作『水時計』に続く、事件記者ドライデンを主人公とした第二作。作者はイギリスの片田舎に広がる沼沢地の燃えるような夏を舞台に、大きく三つの「謎」を描く。ドライデンが事件記者として追うポルノ写真と失踪した少女の謎、彼の死に瀕した友人が懺悔する、27年前の飛行機事故にまつわる嘘、そして彼がまだ知らない謎めいた監禁事件。作者の多層的な語りの中で、偶然としか思えぬ縁が三つの物語を繋いでいく様を、読者は息をのんで見守ることになる。
 「偶然としか思えぬ縁」と書いたが、驚くことに、作品中に登場する偶然のそのほとんどが実は必然である。作者は、起こるべくして起こる悲嘆、憎悪、死が紡ぐ鎖によって物語を支配した。この偶然にしか見えない必然ばかりの物語でただ一つ描かれる真正の偶然は、現在意識不明のドライデンの妻からもたらされる。冒頭、如何にも意味ありげに渡されたパズルのピースが、物語の終盤に至って放つ大きな輝きは、偶然と必然が作る迷路を歩ききった作者にこそ描き出せるもの。丁寧な仕事に賛辞を捧げたい。(三門


フレッド・ヴァルガス『裏返しの男』(創元推理文庫

裏返しの男 (創元推理文庫)

裏返しの男 (創元推理文庫)

 6年振りに翻訳された、アダムスベルグ署長シリーズ第2弾。フランスのアルプス山中で、羊が襲われる事件が相次ぐ。その歯型の大きさから狼男の仕業ではないかという噂の出るなか、ついに女農場主が襲われてしまう。友人だったカミーユは、狼男と目される男を追うことになり……。
 フレッド・ヴァルガスの作品の最大の魅力は、「個性的な登場人物」にある。しばしば推理小説には奇人・変人が登場するが、ヴァルガスのそれは群を抜いている。「一般人」とは明らかにズレたキャラクターが、生き生きと読者の目前に現れ、我々を魅了する。作者は風変わりな人物を駆使することで、作品に「ヴァルガスワールド」とも言うべき幻想的世界を作り出す。
 特に、パリ五区の警視である主人公アダムスベルグが素晴らしい。彼は直観的な推理に頼る天才だ。その一方で、普段はぼんやりとしていて、動作は緩慢、一見やる気なさげで、1つのことを長時間集中して考えることが出来ない。そんな彼が醸し出す、まったりとした空気が、このシリーズの根底を支えている。じっと黙って他人の言葉に耳を傾ける彼の姿を見るだけで、なぜか幸せな気持ちになれる。アダムスベルグと出会うために本書を読むべきだとすら言いたい。
 もちろん登場人物だけではない。舞台設定、狼男伝説、先の読めない意想外な展開――全てが無駄なく織り合っており、本格ミステリとしての読みごたえも十分だ。まずは『青チョークの男』を手に取り、この魅力を直接感じてみてはいかがだろうか。(吉井)



トム・ウッド『パーフェクト・ハンター』(ハヤカワ文庫NV)

パーフェクト・ハンター (上) (ハヤカワ文庫NV)

パーフェクト・ハンター (上) (ハヤカワ文庫NV)

パーフェクト・ハンター (下) (ハヤカワ文庫NV)

パーフェクト・ハンター (下) (ハヤカワ文庫NV)

 主人公は超腕利きで本名不詳の謎の殺し屋。まず登場するや依頼されたターゲットを手早く処理し、次のシーンでは早くもホテルを舞台に謎の襲撃者七人を相手に緊迫感溢れる大立ち回りを演じてくれる。読む方としては出る台詞は一つだ。「話が早くて非常に助かります」
 「今時CIA vs ロシアて」? 「展開もロマンスも陳腐すぎね」? 「あ、このラストシーン◯◯◯で見た」?
 そんなことはどうでもいい。欲望の求めるところは一つであり、すなわち戦闘描写におけるスリルとカッコ良さこそが本書最大のチャームポイントだ。
 アクションもので戦闘シーンを書く。これほど難しく、技量を要求される仕事はない。物語の主人公は暗黙の了解として、どんな苦境に立たされようとラストシーンまで死なないことになっている。つまり、読む方からすれば戦闘シーンの勝敗はだいたい見当がつくのであり、意外性など期待されえない。
 だから細部のセンスが問われる。トム・ウッドはこの点において卓抜している。雑魚ですらしっかりと慎重かつ論理的に思考して行動を選択するため、いちいち気が抜けない。この一対一の駆け引きの妙が読者に比類ない緊迫感を与え、孤独な暗殺者たちの世界に酔わせてくれる。(nemanoc)