読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

【第9便】2012年1月新刊レビュー(国内編)

幾分遅れ気味ですが更新。

2012年1月の新刊レビューをお送りします。今回は国内4本、翻訳5本です。まずは国内からどうぞ。



綾辻行人『奇面館の殺人』(講談社ノベルス

奇面館の殺人 (講談社ノベルス)

奇面館の殺人 (講談社ノベルス)

 雪で閉ざされた「仮面」の館に、首なし死体が一つ――古き良き新本格だ。圧倒的なリーダビリティで400ページ一気読み。実に端正なプロット、緻密なロジック。稚気に溢れたトリックも楽しい……これ以上やるとレビューする気がないのではないかと言われそうなので、少しまじめに。
 上に並べた言葉に、何一つ偽りはない。しかし、それ以上の言葉を連ねる気にはなるまい。綾辻行人が『十角館の殺人』を発表してから、今年で25年になる。ほとんど当時そのままのテイストを残した最新作は、回顧の気分に浸るにはうってつけだ。しかし、この作品を通して見る”あの頃”は、果たしてそれほど輝かしいものであったか。原稿用紙800枚と、シリーズの中では比較的長めなこの作品。長さに反して、扱っている事件のスケールは小さい。これを「一つの事件を中心にひたすら丁寧に組み上げた」と見るか、「引き伸ばしが上手くなった」と見るか。
 館シリーズの愛読者ならば、ページを開いた直後にトリックの一端には辿り着くだろう。おなじみ「切断」の理由だって、ほとんどの人が最初に思い浮かべるだろう、そのまま。衝撃的なトリックや新しい試みを求めるのは筋違い。だから、最初の言葉に全ては集約する。もしこれが、この半分の長さだったら。あるいは、『黒猫館』の直後に出ていたら。そう思わずにはいられなかった。(聖司)


大沢在昌『鮫島の貌』(光文社)

鮫島の貌 新宿鮫短編集

鮫島の貌 新宿鮫短編集

 本来しごく典型的なハードボイルド作家である大沢在昌は「キャリアエリートにも関わらず現場の一警官」である"新宿鮫"という地に足のつかない造り物のヒーローを描くタイプではない。しかし、大沢が取る鮫島を描くことにこだわらず、敵対する犯罪者など複数の立場を用いて物語を進行させる姿勢は、かえってヒーロー対悪人の対決をテンポよく、楽しめるものにしている。それどころか各巻の悪役たちについて大沢は「今回の主人公」と表現するほど。"新宿鮫"シリーズは必ずしも鮫島の物語ではないのだ。
 本短編集はそんな"新宿鮫"シリーズ初の短編集。"シティーハンター"の冴羽リョウが登場する「似たものどうし」や"こち亀"の両さんの出てくる「幼な馴染み」といった他作家とのコラボ作品を収録する一方で、『狼花 新宿鮫Ⅸ』の後日譚である「霊園の男」も含む。各編ばらばらで特に関係は無いし、内容にもさほど大げさなものはない。しかし、注目すべきは鮫島を見つめる多様な"視点"だ。
 シリーズ本編と同じように三人称で鮫島を追う作品ももちろんあるが、鮫島の上司桃井や恋人晶の一人称視点の他、昔の同級生やチンピラなどなど各編ごとに異なった語り口から"新宿鮫"を描いている。これによって、単に桃井ら名脇役にスポットライトを当てるというだけではなく、鮫島という人物を多面的に切り出すことにもつながっているのは面白い。結果として、本編では充分に説明されなかった鮫島の人となりについて、よく匂わせる一冊に仕上がった本書に『鮫島の貌』と題付けたのは実に的を射ている。ケレン味が弱くあっさりとしているので、単純に一冊の本としては物足りないが、鮫島という人物を掘り下げているという意味では、ファンは必読か。(_1026)


田南透『翼をください』(東京創元社

翼をください (ミステリ・フロンティア)

翼をください (ミステリ・フロンティア)

 ネタバレなしには書きようのない作品なので、多少本質に触れる部分があります。気になる人は読まないように。
 序盤、強烈な性格の「イヤな女」が物語の中心に陣取る。異様に男の好意を惹きつける彼女は、それを誇るとともに、自分の欲望のために彼らを踏みつけにする。そのために様々な憎悪をも引きよせてしまう彼女は、ゼミの仲間たちとともに訪れた絶海の孤島で台風の最中殺害される。果たして犯人は……と如何にもな道具立てを揃えてはいるが、これらがガジェットとして旧来使われてきた機能を有効に発揮することはない。
 置かれただけのガジェット。それは、物語のバランスを傾けるために配されている。【「サスペンス小説」→「本格ミステリ?」→「?」】という風に、ストーリーの軸や物語の中心を意図的にずらし、また使い捨てることで、予測不可能な物語を構築しようとする作者の狙いは、ほぼ成功している。
 問題は、作品を構成する各部分の完成度の低さにある。件の「イヤな女」、あるいは彼女を取り巻く男たちの性格描写は安直に過ぎて、薄っぺらである。また「本格ミステリ」的捜査パートは、直感で出した結論に向かって「偶然」証拠が集まり、犯人があっさり自白するという体たらく。
惜しみなく捨てる潔さは買う。だが、捨てるものが安っぽくては、品位が疑われるというものだ。(三門


森岡浩之『地獄で見る夢』(徳間書店

地獄で見る夢

地獄で見る夢

 仮想現実世界・VRNWSの登場により「死後の生」が実現した。そのVRNWS世界の一つである昭和時代を模した町で探偵事務所を開いていた朽網に、とある女性から「浮気のために姿を消した夫を探して欲しい」という依頼が舞い込む。ところがその男はどうやらBRという殺し合いゲームに参加しているようで……。
 サイバーパンクと呼ばれるSFサブジャンルに寄り添った私立探偵ものである。しかし本書は現実世界と仮想世界の曖昧な狭間でトリップする快楽など、もたらしてくれやしない。むしろ、冷徹なまでに「現実(=生ける生者)」と「仮想(=死せる生者)」との境界を引き、かつ現実がないことには仮想も成立しえないという実に生々しい世界間格差をも見せつける。死後である仮想世界ですら、人は「現実」から逃れ得ない。そんな理想的な「仮想」の泥臭さと論理を、朽網というカメラを通してつきつけてくる。
 残念なのは、冒頭でばらまかれる朽網に関する伏線がほとんど回収されないこと。元々廃刊になった雑誌での連載を加筆し完成させたのが本作であるのだが……続編出るの?(nemanoc)