【第7便】2011年12月新刊レビュー(翻訳編)
続いて翻訳小説編をば。
スコット・ウエスターフェルド『リヴァイアサン クジラと蒸気機関』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
リヴァイアサン クジラと蒸気機関 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
- 作者: スコット・ウエスターフェルド,小林美幸
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/12/07
- メディア: 新書
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ジュブナイルということはつまり、ボーイがガールにミーツして数々の苦難を経て成長する筋だということだ。ボーイはオーストリアの公子にして開戦の発端となった『あの事件』の当事者、そしてガールは性別を偽り英国空軍に入隊した男勝りで勝気な男装少女。戦場で出会った二人は身分も陣営も違うロミオとジュリエット――などと甘っちょろい感傷などに浸っている暇などない。強烈に蠱惑的な世界観とそれを彩るキャラクターが、我々の注意をスキあらば奪ってゆく。三部作の一作目、そして栄えある早川銀背の帰還後第一投として、まずは上々の滑り出し。(nemanoc)
ミネット・ウォルターズ『破壊者』(創元推理文庫)
- 作者: ミネット・ウォルターズ,成川裕子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/12/21
- メディア: 文庫
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強姦され、両手の指を折られた女性が、海の真っただ中で今まさに溺れ死のうとする、あまりにも悲惨な、しかし恐ろしく静かなその瞬間に物語の幕は開く。その女性は何者なのか、なぜ死ぬことになったのか、そもそもこれは殺人なのか?
被害者、被害者の夫、そしてあまりにも怪しい死体の発見者。この三人が物語の軸となる。読者は、彼ら自身、あるいは彼らを知る人物へのインタビューを読んでいくうちに、あることに気づくだろう。すなわち、彼らは決して自分の本質を語らない。むしろ、自分が悪く取られるような言動を繰り返し、偏見を助長しさえする。彼らの人生は嘘で塗り固められている。彼らが本当は何を考えるいかなる人物であるかは、彼ら自身にしか分からない。それだけが、彼らの生きる術だから。
欺瞞と偏見に満ちた世界で、「ただ一つの真実」を見出す意味とは何か。かくも不愉快な、しかし真摯に考えるに足る疑問を、この作品は突きつけてくる。(三門)
ジョージ・ソーンダース『短くて恐ろしいフィルの時代』(角川書店)
- 作者: ジョージ・ソーンダーズ,岸本佐知子
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2011/12/27
- メディア: 単行本
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題材としてはそれだけか、といえばそれだけで、あとはキテレツな無機物生物と出てくる三国それぞれのヘンテコリンな国民生活を楽しめばいい。大枠としては陰惨な話ではあるが、いつでもどこかユーモラスなのは「独裁者」を常に外から観察してきたアメリカそのものの視点そして己に課している自戒なのだろう。カダフィが死に、金正日が死んだ。いまやカリスマによる独裁国家は過去のものとなりつつある。だから、戯画化できる。だから、笑える。しかし、作者が述べているように「我々自身の中にフィルは存在する」ということを、いつの時代でも常に心に止めておく必要がある。
惜しむらくは原書に掲載されていたベンジャミン・ギブソンの手による挿し絵が省かれていることで、これらは英語版公式サイトで閲覧可能。(nemanoc)
スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(HPM)
解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
- 作者: スティーヴ・ハミルトン,越前敏弥
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/12/08
- メディア: 新書
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主人公が喋れないという設定を暗い不幸話にはあまり持っていかず、むしろ札付きのワルどもに鍵開けの天才だとチヤホヤされたり、犯罪に関わってもなお真っ直ぐで爽やか(かつ美少年)なままであったりと、気持ちのいい展開(みんな本当はこういうの大好きでしょ?)が続くことも高いリーダビリティの要因だろう。
だがこうした設定の魅力以上にその技巧が冴えわたっているのが各章、各時期の構成である。作中で説明される鍵の開け方――ピンやディスクの正しい位置を一つ一つ徐々に探って合わせていくかのように、各要素が徐々に動かされていき、それぞれが順繰りに面白くなりきったところで当然のハッピーエンド。無駄なく全ての要素を味わい尽くした上で「いい話だなぁ」と思える爽快な作品だ。(_1026)
『サイモン・アークの事件簿Ⅲ』エドワード・D・ホック(創元推理文庫)
- 作者: エドワード・D・ホック,木村二郎
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/12/21
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例えば「ツェルファル城から消えた囚人」は、ナチス戦犯が刑務所である古城から消失する、というもの。オカルトと何の関係もない気がしないでもないが、各国の思惑が絡まりあった複雑な真相が、良い意味でホック‘らしくない’良作だ。「黄泉の国への早道」は、これまたオカルトがこじつけがましいが、ロックスターがエレベーターから消失するトリックは本短編集随一のもので、文句なしの傑作である。
訳者の木村二郎氏の選定による第4短編集も刊行予定とのことなので、楽しみにしたい。はたして、サイモンの旅が報われる日は来るのであろうか……。(吉井)
『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル(ハヤカワSF文庫)
- 作者: チャイナ・ミエヴィル,日暮 雅通
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/12/20
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主人公ボルル警部補が捜査する事件は、舞台の特異性さえ気にしなければ真っ当なもので、なおかつその舞台には必然性がある。事件を追うにつれ、ボルルと読者は文字通り世界が“広がっていく”のを感じることになるが、これは古今東西の読書体験の中でも屈指の快感だと言ってよい。ボルルが犯人を追跡するシーンのアホ臭さなんか、もう最高ではないか。ミエヴィルはこの世界に現実性を与え、面白いことに、分裂した都市を全力で肯定している。社会批判なんかありゃしない。だからこそ導き出されるこの結末に、読者は妙な清々しさを覚えることになるのである。
1つだけ文句をつけるなら……これだけ覚えにくい登場人物の一覧が、なぜ無いのか。(吉井)