深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

【第7便】2011年12月新刊レビュー(翻訳編)

続いて翻訳小説編をば。


スコット・ウエスターフェルド『リヴァイアサン クジラと蒸気機関』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

リヴァイアサン クジラと蒸気機関 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

リヴァイアサン クジラと蒸気機関 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 最初のページを開くと、まず地図が目に飛び込んでくる。欧州の地図だ。普通の地図ではない。英仏は奇っ怪な生物たちで溢れているし、ドイツなどは物々しいロボットで国土が戯画化されている。いかな謎掛けかといえば要するに「『遺伝子工学が変態的に発展してトンデモ生物国家を作りあげた連合国 vs. スチームパンクな機械文明の同盟国』で第一次世界大戦を繰り広げつつ、ジュブナイルをやりますよ」と宣言しているのだ。まったく。とんでもなく魅力的じゃあないですか。
 ジュブナイルということはつまり、ボーイがガールにミーツして数々の苦難を経て成長する筋だということだ。ボーイはオーストリアの公子にして開戦の発端となった『あの事件』の当事者、そしてガールは性別を偽り英国空軍に入隊した男勝りで勝気な男装少女。戦場で出会った二人は身分も陣営も違うロミオとジュリエット――などと甘っちょろい感傷などに浸っている暇などない。強烈に蠱惑的な世界観とそれを彩るキャラクターが、我々の注意をスキあらば奪ってゆく。三部作の一作目、そして栄えある早川銀背の帰還後第一投として、まずは上々の滑り出し。(nemanoc)


ミネット・ウォルターズ『破壊者』(創元推理文庫

破壊者 (創元推理文庫)

破壊者 (創元推理文庫)

 人間は成長する中で「嘘」をつくことを覚えていく。人と人とが関わり合う中で、「自分」という本質に幾重もの仮面を被せることで、人は辛うじて生きていくことが出来る。ウォルターズは本作『破壊者』において、それをずばり中心テーマとしている。
 強姦され、両手の指を折られた女性が、海の真っただ中で今まさに溺れ死のうとする、あまりにも悲惨な、しかし恐ろしく静かなその瞬間に物語の幕は開く。その女性は何者なのか、なぜ死ぬことになったのか、そもそもこれは殺人なのか?
 被害者、被害者の夫、そしてあまりにも怪しい死体の発見者。この三人が物語の軸となる。読者は、彼ら自身、あるいは彼らを知る人物へのインタビューを読んでいくうちに、あることに気づくだろう。すなわち、彼らは決して自分の本質を語らない。むしろ、自分が悪く取られるような言動を繰り返し、偏見を助長しさえする。彼らの人生は嘘で塗り固められている。彼らが本当は何を考えるいかなる人物であるかは、彼ら自身にしか分からない。それだけが、彼らの生きる術だから。
 欺瞞と偏見に満ちた世界で、「ただ一つの真実」を見出す意味とは何か。かくも不愉快な、しかし真摯に考えるに足る疑問を、この作品は突きつけてくる。(三門


ジョージ・ソーンダース『短くて恐ろしいフィルの時代』(角川書店

短くて恐ろしいフィルの時代

短くて恐ろしいフィルの時代

 寓意に富んだ話である。痛烈で耳触りは良いが中身のない演説、極めて私的な恨みに発する少数派民族への迫害と虐殺、親衛隊の結成、年老いた大統領からのクーデターまがいの権力譲渡、と経て、オチへと至るプロセスは七十年前のドイツ、いや、何千年もの間繰り返されてきた「独裁者」の歴史そのままだ。
 題材としてはそれだけか、といえばそれだけで、あとはキテレツな無機物生物と出てくる三国それぞれのヘンテコリンな国民生活を楽しめばいい。大枠としては陰惨な話ではあるが、いつでもどこかユーモラスなのは「独裁者」を常に外から観察してきたアメリカそのものの視点そして己に課している自戒なのだろう。カダフィが死に、金正日が死んだ。いまやカリスマによる独裁国家は過去のものとなりつつある。だから、戯画化できる。だから、笑える。しかし、作者が述べているように「我々自身の中にフィルは存在する」ということを、いつの時代でも常に心に止めておく必要がある。
 惜しむらくは原書に掲載されていたベンジャミン・ギブソンの手による挿し絵が省かれていることで、これらは英語版公式サイトで閲覧可能。(nemanoc)


スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(HPM)

解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 精神的な問題だろうか声を出すことの出来ない囚人が自らの半生を誰に向けてか物語るという出だしだ。もうその時点で実にあざとい。しっかり釣られて読み始めると……、9歳で両親と声を失ってからの少年時代。絵画と鍵開けの才能が開花し、それが人生を変える大きな失敗と出会いを引き寄せた青春時代(おお、ボーイ・ミーツ・ガール!)。オーシャンズ・イレブンじみた痛快冒険譚が描かれるプロの金庫破り時代。これら要素も実にわざとらしい。でも先が気になってついつい読んでしまう、悔しい。
 主人公が喋れないという設定を暗い不幸話にはあまり持っていかず、むしろ札付きのワルどもに鍵開けの天才だとチヤホヤされたり、犯罪に関わってもなお真っ直ぐで爽やか(かつ美少年)なままであったりと、気持ちのいい展開(みんな本当はこういうの大好きでしょ?)が続くことも高いリーダビリティの要因だろう。
 だがこうした設定の魅力以上にその技巧が冴えわたっているのが各章、各時期の構成である。作中で説明される鍵の開け方――ピンやディスクの正しい位置を一つ一つ徐々に探って合わせていくかのように、各要素が徐々に動かされていき、それぞれが順繰りに面白くなりきったところで当然のハッピーエンド。無駄なく全ての要素を味わい尽くした上で「いい話だなぁ」と思える爽快な作品だ。(_1026)


サイモン・アークの事件簿Ⅲ』エドワード・D・ホック創元推理文庫

サイモン・アークの事件簿? (創元推理文庫)

サイモン・アークの事件簿? (創元推理文庫)

 オカルト探偵サイモン・アーク、悪魔を探して二千年、な第3短編集。一作一作が短編本格ミステリのお手本のようであり、安定した出来映えを楽しめる……要するに、いつものホック節である。個人的には第2短編集よりも出来が良いと感じた。その最大の理由は、スパイ風味やロックスターなど、単調なパターンから外れた味付けがなされた作品に秀作が多いからだろう。
 例えば「ツェルファル城から消えた囚人」は、ナチス戦犯が刑務所である古城から消失する、というもの。オカルトと何の関係もない気がしないでもないが、各国の思惑が絡まりあった複雑な真相が、良い意味でホック‘らしくない’良作だ。「黄泉の国への早道」は、これまたオカルトがこじつけがましいが、ロックスターがエレベーターから消失するトリックは本短編集随一のもので、文句なしの傑作である。
 訳者の木村二郎氏の選定による第4短編集も刊行予定とのことなので、楽しみにしたい。はたして、サイモンの旅が報われる日は来るのであろうか……。(吉井)


『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル(ハヤカワSF文庫)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

 もしあなたが、SF文庫だという理由でこの本を買うのをためらっているミステリファンであるなら、断言しよう、これは“買い”である。都市と都市が複雑に絡み合い、住民はもう一方の都市とその住民を見てはいけない、という素敵なワケの分からない舞台に放り込まれたが最後、あなたはこのジャンル特定不能の世界に病み付きになるはずだ。本書は、ミステリとファンタジー(とSF?)が絶妙なバランスで融合した、極めて質の高い“ミステリ”である。
 主人公ボルル警部補が捜査する事件は、舞台の特異性さえ気にしなければ真っ当なもので、なおかつその舞台には必然性がある。事件を追うにつれ、ボルルと読者は文字通り世界が“広がっていく”のを感じることになるが、これは古今東西の読書体験の中でも屈指の快感だと言ってよい。ボルルが犯人を追跡するシーンのアホ臭さなんか、もう最高ではないか。ミエヴィルはこの世界に現実性を与え、面白いことに、分裂した都市を全力で肯定している。社会批判なんかありゃしない。だからこそ導き出されるこの結末に、読者は妙な清々しさを覚えることになるのである。
 1つだけ文句をつけるなら……これだけ覚えにくい登場人物の一覧が、なぜ無いのか。(吉井)