【第5便】ゲスト投稿席(第一回・後半)
Ⅱ.
『誰の死体?』はデビュー作ではあるものの、後の作品を思わせる要素が多く見られるのも特徴だ。セイヤーズの作風は一般的に前期と後期に分けられて考えられているが、デビュー作の時点ですでに、後期作で見られるようなDetective Storyそのものへの批判が見られる。
探偵役のピーター卿が事件の全貌を解明する役目を負っているわけだが、彼はすべての謎を解き明かせたわけでは、実は、ない。委細は省くが、犯人のとったある行動、その動機だけは推理することができなかった。それは、その行動が「犯行計画のための必然的なもの(=推理可能。例えば、「なぜ犯人は死体の首を切り落としたのか」など)」ではなく、犯人の、特有の心理に依拠するものだからだ。このプロットと心理描写を絡めた手法は『学寮祭の夜』で、ピーター卿とハリエットの創作談義に出てくるもので、それ自体興味深いものだが、より重要なのは、探偵が心理的な問題を解くことができなかった、ということだろう。「犯行の途中にちょっと思いついた」というような行為は名探偵といえども解くことはできない。この「謎」が解かれるのは、最後、犯人自身の手記による告白によってである。探偵が登場人物の心理を事細かに説明してしまうと、かえってリアリティを損なうとセイヤーズは考えていたのではないか?
余談ながら、セイヤーズと同時代の推理作家、アントニイ・バークリーの小説では、シリーズ探偵であるロジャー・シェリンガム(しばしば「人間性に興味をもっている」ことが強調される)はよく推理を間違えるのだが、彼の「失敗」も、バークリーが最終的に犯罪小説家「フランシス・アイルズ」に転身するのも、バークリーがこの問題意識を持っていたからでないか。「探偵の視点から犯罪者の心理を描くことの限界」は『第二の銃声』(1930)のバークリーの序文や作品冒頭での語り手の「探偵小説批判」を思わせる。
もう一つ重要なのは、「探偵小説という形式」そのものへの批判意識である。「素人探偵の道義的意義」と言い換えると分かりやすいか。作品前半では、探偵業はあくまで気晴らしの娯楽、稀稿本収集とおなじ貴族様の趣味として描かれる。しかし、本書七章に至るに、それは変化する。唐突に、ピーター卿がパーカーに対し、自分の仕事は好きかと尋ねてくるのだ。いぶかしむ友人に彼はこう答える。
「僕にとっては趣味だからね。何もかもいやなっていた時に、ものすごくわくわくできるんで始めたんだ。一番困るのは―あるところまでは―楽しめることさ。紙に書かれたものを読んでいるだけだったら、とことん楽しめるんだが。捜査が始まったときは大好きなんだ―関係者はみんな未知の人間だし、とにかく興奮して面白いだけだからね。ところが生身の人間を本気で追いつめて縛り首にさせる段になると―監獄行きにするだけでも同じだが―どんな言い訳があって僕なんぞが割りこむんだって気にさせられる。これで食べているわけでもなし。ましてや面白がるなんてもってのほかだと思ってしまう。だのに面白いと思わずにいられない」
そして続く八章、犯人の正体がわかった瞬間―つまり、法の名の下において殺さなければならない人物の顔がはっきりと見えた瞬間―ピーター卿はシェルショック(※1)の発作を起こしてしまうのである。その発作からはすぐに持ち直すし、その後もユーモアは健在だ。しかし、この徳義に関する問題が消えたわけではない。ピーター卿が殺される危険を冒して逮捕前の犯人にわざわざ会いに行くのもこの問題のためだし、物語の最後ではこれまでの容疑者達を集めて晩餐会をする、などとのたまうが、それは曰く「(彼らが殺人を犯さなかったことで)褒美を上げたい気分」からだとか。
人を捕らえ、裁くということの是非(特に素人が興味本位で行うことの是非)という、問題は『忙しい蜜月旅行』(1937)で大きく取り上げられることになるが、このような問題意識は第一作の時点ですでに表れている。
このように、『誰の死体?』にはすでに後期作品につながる問題意識の萌芽が見られ、その意味でもデビュー作にふさわしい作品といえるのではないだろうか。
(※1)シェルショック:砲弾神経症。戦争中に塹壕で砲撃を受けた経験が原因で生じる障害。無感動、不安、鬱、記憶障害、現実逃避など、症状はさまざま。戦闘ストレス反応のひとつ。
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TSATOと申します。翻訳ミステリオタク。好きな作家はアントニイ・バークリーとドロシー・L・セイヤーズ、P・D・ジェイムズ、最近は、アン・クリーヴスがお気に入り……と、ご覧の通りの英国ミステリ贔屓で読書傾向にかなりの偏りがある人間ですが、一応、「面白ければなんでも読むべし」がモットーです。
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