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深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ翻訳ミステリ。主に新刊の話をしています。そういえば、「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」公式ホームページ。

【第4便】「一人退屈な夜半には、酒を呷って本を読む」第一回:マイケル・スレイド 前編


第一回:マイケル・スレイドを、読むな!

 最近若い人と話をしていて、「翻訳ミステリって何から読んだらいいか分からない」という言葉を耳にする機会が多い。そういう人は真面目だなー、と思う。いや、自分がその辺にあった本を適当に読んでいっただけで、系統も何もない人間なので。個人的には別に何から読んでもいいし、王道なんてないと感じるけれど、きっかけになる一冊はあってもいいのかもしれない。
 そういう時には、優れたブックガイドを渡して、面白そうな本から読んでみなというので大抵事足りる。瀬戸川猛資夜明けの睡魔』が一番分かりやすいかな。ムックっぽい本だと、『J’s ミステリーズ KING&QUEEN 海外作家編』が懐かしい。特に本格にこだわりがなく、現代ものを読んでいきたい人には、野崎六助『これがミステリガイドだ!』や、扶桑社の『現代ミステリー・スタンダード』がオススメ。あとは『ミステリ・ベスト201』とかか。
 好きな作家の好きな本という形で翻訳ミステリに入るのもいい(私の場合はコレ)。森博嗣は、日記本やムックの中で自分が影響を受けた本、好きな本の話をちょくちょく書いているが、私はその辺(デクスター、ラヴゼイ、ブロック、ハンドラー……)をフォローして翻訳読みになりました。あとは有栖川有栖の『密室大図鑑』海外編とか。
 そうやって自分で本を探せる人なら、別に以下読む必要ないと思いますが。

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 という訳で、今回はオススメ出来ない本の話をします。
 「オススメ出来ない」という言葉には多元的な切り口が存在します。「ジャンル初心者にオススメ出来ない」、「そのジャンルを読み慣れている人にこそオススメ出来ない」、「むしろ誰にもオススメ出来ない」なぞなぞ。オススメできない理由も色々考えられますな。「読みにくい」、「作者が高度な「教養(笑)」を押し付けてくる」、「作者が変態過ぎて読むと変態になる」なぞなぞ。
 そういった諸々のマイナス要素を一人で(二人で、三人で)抱え落ちしているのが、カナダの誇らない怪作家マイケル・スレイド。1984年、『ヘッドハンター』でデビューしました。以来二十七年で十四作、おおよそ二年に一作のペースで作品を発表しています。その正体は、カナダ人の弁護士ジェイ・クラークを中心とした合作チームです。最初は友人たちと三人組でやっていたようですが、作品を追うごとにメンバー構成が変わり、現在ではジェイと彼の娘レベッカの二人で作品を執筆しているとのこと。
 メンバー構成は次々に変わっているものの、スレイドの基本的な作風は第一作からそれほど変化していません。
 彼の作品を特徴づける要素として、作品内に複数のジャンルが混在していることが挙げられます。作品のベースは本格ミステリ/警察捜査小説ですが、犯人は大抵気が触れていて、サイコ・サスペンス的要素が極めて強い。さらにメンバーの一人に「隠された歴史」やら陰謀史観やらのオタクがいるらしく、植民地の血塗られた近現代史が現代の殺人者たちにも強く影響を与えるという話が多い。この辺非常に興味深くはあるのだが、本筋に全く関係ない固有名詞を乱打するのは単純に楽しいからで、辟易する読者の顔は多分見えていないだろう。これを敷衍して伝奇小説に傾れ込むこと甚だ多し。同じく、スプラッタ・パンクが大好物な奴もいるようで、「R-18G的グロ描写」が延々続くこともザラだ。個々のパートの完成度は恐ろしく高いが、これらの要素を一切容赦なく接続していくため、読み味は非常におおざっぱ。とくに初期の作品においてはその傾向が顕著で、読みにくいったらありゃしない。
 にもかかわらず、スレイドは本格ミステリにあまりにも強く執着している作家でもある訳です。翻訳された作品は、いずれも「必ず読者をあっと言わせてやるぞ」という気合が入りまくっているんですね。だから、「歴史ネタいい加減にしろや」とか「展開が下手過ぎてのっぺりした中盤辛い」とか、漫然と読んでいると、要所のどんでん返し、そしてラストの「衝撃的犯人暴露」を前に、ただ茫然とさせられてしまう。おまけに、きちんと伏線を張っている(回収はおおざっぱですが)ので、そのショックがこちらの読解力不足に由来する、と言わざるを得ないのが悔しい、でも(ry。
 あと、「分厚い癖に読みにくい」というのは、やはり書いておいた方がいいでしょう。いずれの作品も、文庫版にして600ページを軽く越える大部ですが、必然中だるみも多いのは残念としか言えない。確かに最終盤の展開の凄まじさは類を見ないけれど、そこまでたどり着くのにこんな紙幅をのんべんと読まされるのは勘弁してほしい、と考える読者がいても意外ではありません。他にも、登場人物が(死にまくるとはいえ)無駄に多いように思えるとか、話がアホ過ぎてついていけないとか、諸々読みたくなくなる理由は枚挙にいとまがありません。
 かように、帯に書きやすい「意外な結末」という分かりやすいプラス要素と比較して、マイナス要素が重なりすぎている作家な訳です。だから、合わない人はまったく読む必要はないと思います。だがそれゆえに、一瞬でもシンパシーを感じてしまった人は読むしかないと断言できます。マイケル・スレイドという残念作家を世界で唯一正当に評価出来るのは、「新本格ミステリ」という時代の徒花を愛で続けている日本人(の一部)しかいないんじゃないかなあ、と思うんですワ……。
 え、普通にスレイド薦めているじゃないか、って? オススメ出来ない理由ひとつ書き忘れてました。「面白すぎる」癖に「オンリーワン」だから。こんな翻訳ミステリは他にないので、もっと読みたいと思っても7冊しかないんですよ。だから読まない方がいい。もったいないから(笑)

ヘッド・ハンター 上 (創元推理文庫)

ヘッド・ハンター 上 (創元推理文庫)

ヘッドハンター 下 (創元推理文庫)

ヘッドハンター 下 (創元推理文庫)