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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

【第4便】「一人退屈な夜半には、酒を呷って本を読む」第一回:マイケル・スレイド 後編


 全作品解題をやってもいいんですが、みるみるスペースが埋まるので一作だけキャッチーなのを選びます。

髑髏島の惨劇 (文春文庫)

髑髏島の惨劇 (文春文庫)

 『髑髏島の惨劇』(1994)は、版元を東京創元社から文藝春秋に移しての一作目。常識的な識者たちから『ヘッドハンター』『グール』『カットスロート』(すべて上下巻、創元推理文庫)の三作が(当然のことだが)黙殺され、一度は死んだはずのスレイドが、ゾンビのように蘇った作品です。帯は綾辻行人で、「この「館」にだけは決して招待されたくない! 大いなる稚気と悪意に満ちた異様なキメラ」との大惨事、否大賛辞。

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あらすじ:カナダはバンクーヴァー沖合に浮かぶ孤島、髑髏島。そこに佇む古城巍巌城で、50万ドルを賭けた推理ゲームが行われる。ゲームに参加するのは14人のミステリ作家と1人の警察官。この中に殺人犯が紛れている? 招待主は誰なのか? と考えている間もなく殺人事件発生、発生、また発生。みるみる減って行くゲストたち。果たして犯人の正体は? 一方その頃、カナダ本土では女性の首を切ってはトーテムポールの上に晒す残虐な殺人鬼<クロス&スカルボーンズ>が跳梁していた。かの有名なジャック・ザ・リッパーが、19世紀末のロンドンに刻んだ暗黒呪術を現代に蘇らせんとする犯人の正体は? そして二つの事件の関係は?

 自分で書いて笑うレベルの酷過ぎ粗筋であるが、嘘はついておりません。真面目にこういう話なんです。
 まず翻訳が酷い、いい意味で。創元版ってここまでひどかったっけ?(酷いです)と思うほどに、自由自在に漢語の新造語(暴走族の「夜露死苦」とか思わせる)を当てていく訳者のセンス、隅々まで目を通して一冊の本に仕上げた編集者の苦労、すべて実に変態的で素晴らしい。
次に、登場人物をガンガン死なせていく思い切りの良さ。死に方も単純にナイフで刺されるとか毒を飲まされて死ぬとかではなく、突き抜けて笑えるレベルに至っている。どの死に方が嫌かというので、刊行当時の信者たちは盛り上がったそうですが、常識的に考えてどれもいやだろ……。一つ挙げるなら、「雪隠刑」の恐ろしさは尋常でない。
 こう書いてきて、当然二階堂黎人御大の『人狼城の恐怖』(1996-98)と比較しない訳にはいくまいが、面倒なので自分の脳内でやって下さい。スレイドは殺し方には拘るが、トリックそのものにはさほど興味がないという点で御大とは違いますが、しかし、本質的な部分ではかなり近いように思います。実際、『髑髏島の惨劇』をはじめ、文藝春秋刊作品のタイトルは御大のタイトルを模したという話です。
 切り裂きジャックの魔術がどうこういう話は、当然アラン・ムーアフロム・ヘル』(単行本化1999、元本は1991-96連載)を思わせますね。オタク集団たるスレイドの中に、ムーアを読んでいる人間がいない方がむしろ不自然であり、影響を受けたとしてもおかしくはありません。まあ、よくある話ではあるのだけど。
 当初は15人いた登場人物は頁を追うごとに次々死んでいき、最後にはなんと2人しかいない状況に陥ります。それでもなお、スレイドは意外な犯人の提示に挑み、恐ろしいことに成功してしまっている。展開力の弱さが欠点と書いたが、この作品においては、息つく間もなく人が死ぬため、退屈している暇すらない。やりたいことをやりきった上に、己の弱点までフォローしてしまった、異様としか言いようのない作品です。ただし、最初に『髑髏島』を読んでしまうと、前作『カットスロート』の結末の衝撃がほとんどなくなってしまうのが残念。スレイドは自作中で過去作のネタバレを平気でするので、よくこういうことが起こります。楽しみを失いたくない人は『ヘッドハンター』から順番に読みましょうね。

 まあ、読みたい人だけでいいのでとにかく読んで、購買層を拡大し、なんとか続きを翻訳してもらおうではありませんか。もうハードカバーでもいいよ。訳者は出来れば夏来健次さんにお願いしたく。(執筆:三門優祐)

人狼城の恐怖〈第1部〉ドイツ編 (講談社ノベルス)

人狼城の恐怖〈第1部〉ドイツ編 (講談社ノベルス)

フロム・ヘル 上

フロム・ヘル 上

フロム・ヘル 下

フロム・ヘル 下