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三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

【第3便】2011年11月新刊レビュー(翻訳編)

国内編の(その1)に続いて(その2)は翻訳編です。あれがない、これがないと若干の不満も残りますが、とりあえず今回はこんなところで。


ユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Q-キジ殺し-』(HPM)

特捜部Q ―キジ殺し―― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1853)

特捜部Q ―キジ殺し―― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1853)

 前回の活躍で一躍注目を浴びる中、特捜部Qの次なる捜査が始まる。前回は部署の立ち上げ騒動とおかしな助手で見せたのに対し、今回は新メンバーと前作以上に変態な敵が見所かと思いきや、新キャラはあっけないほどに端役で敵は出オチ。残念ながら小道具は不発だったが、注目すべきはやっと目立ち始めた主人公カール・マークだ。カールが徐々に特捜部Qでの捜査に熱意を持ち始め、過去に部下を失った事件との折り合いを付けていく様は"捜査人小説"として必要な過程だ。評判の第3作には期待だが、それは本作で片鱗の見えたカールの活躍に期待するということである。(_1026)

マーティン・ウォーカー『緋色の十字章』(創元推理文庫

緋色の十字章 (警察署長ブルーノ) (創元推理文庫)

緋色の十字章 (警察署長ブルーノ) (創元推理文庫)

 EUの法と仏の国家警察に対し柔軟にどこまでも村と村民のために尽くす警察署長(村が雇用するお巡りさん)ブルーノ。彼を中心に魅力的な人々とその豊かな田舎暮らしの情景"は"楽しめる。しかし、捜査や薀蓄に見せ方というものがまるで無く、降ってわいた資料をつまみ読みしたりお役所に行ったりと、せっかくの魅力的な人々も舞台も生かされていないのが非常にもったいない。あくまで村を護るという解決の方向性は面白いのだがそこへ至る演出の不足は否めない。"悪人"を書くのを避けた様子はあるが浅い筆致の言い訳にはならないだろう。(_1026)

ニック・ストーン『ミスター・クラリネット 上下』(RHブックス・プラス)
マーティン・ウォーカー『緋色の十字章』(創元推理文庫

ミスター・クラリネット 上 (RHブックス・プラス)

ミスター・クラリネット 上 (RHブックス・プラス)

 かたや中米の小国ハイチで起こった幼児誘拐事件、かたやフランスの片田舎で起こった憎悪殺人。一見何もかもが違うこの二つの作品は、しかし「正義とは何か?」という問いを読者に突きつける。
 己の「正義」を通すためならば、物質的成功/精神的安寧を手放すことすら辞さない私立探偵は、その信念に導かれるまま「この世の地獄」ハイチを彷徨する。あらゆるものを見、様々な人々に多くの質問を投げかける中で、彼はある一つの真実に至る。しかし彼が得たすべての最悪の経験は、信念を貫こうとする傲慢さを挫く。その存在もあやふやな勝利は、もはや正義にしか見えぬ強靭な「信念」を持つ、強い「悪」によって保持される。
 対して、村の秩序と村人の安寧をただ求める田舎の警察署長は、その立場にもかかわらず、軽微な違法に目をつぶり、その管理者を撃退しさえする。彼のその姿勢は、物語の結末において、近代的な探偵物語における「謎を解明することでカタルシスを得る」という構造に潜む虚妄を暴くだろう。ここで彼は、紛れもなく村の守護者となる。しかし、悪を悪として見ないその姿勢は、いずれ必ず破綻する。そこで、彼はどのように生きるのか。続刊に期待したい。
 善も悪も入り混じったこの灰色の世界において、果たして正義とは何か? 読者に投げかけられた問いは、あまりに重い。(三門

G・D・ロバーツ『シャンタラム(上中下)』(新潮文庫

シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)

シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)

 作者の数奇な半生を元にした、インドが舞台の大作。粗筋をざっと眺めても「脱獄」「マフィア」「暗殺集団」……と心躍るキーワードが並ぶが、それらのシーンをより一層引き立たせているのが、文章である。細部まで丁寧に紡がれる一文一文が物語を読者にゆっくりと浸透させていく。特に心理描写などは顕著。1800ページを越えて主人公"リン・シャンタラム"がたどり着く境地。読者は、秩序と混沌が同居するミスティックな国、インドの匂いが「心」にしみついてしまった事を実感するだろう。(kaneo)

キャロル・ネルソン・ダグラス『おやすみなさい、ホームズさん』(創元推理文庫

おやすみなさい、ホームズさん 上  (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)

おやすみなさい、ホームズさん 上 (アイリーン・アドラーの冒険) (創元推理文庫)

 これぞ素晴らしき冒険譚!……と言いたいところなのだが、どうにも手放しで褒め辛い作品である。19世紀において自立心を持ち、ヨーロッパ中のあらゆる階層を駆け巡るアイリーンは非常に魅力的だ。しかし残念ながら、600ページという分量を前に作者のプロット構成力の低さが露顕してしまっている。挿入されるエピソードはほとんど本筋と関係なく、だらだらと物語が続くばかり。下巻ではストーリーが「ボヘミアの醜聞」とリンクしていくが、大した盛り上がりも見せずに終わってしまう。扱っている題材がこれだけ贅沢なだけに、もう少し練ったお話を読みたかった。(吉井)

ニコラス・ブレイク『ワンダーランドの悪意』(論創海外ミステリ)

ワンダーランドの悪意 (論創海外ミステリ)

ワンダーランドの悪意 (論創海外ミステリ)

 翻訳の遅れた佳品。タイトルから連想されるようなファンタジックな要素は皆無。園内に多数のコテージを配したレクリエーション施設「ワンダーランド」を跳梁する、悪意ある悪戯犯「マッド・ハッター」を巡る顛末を描く。同時代に発表されたイネス『ストップ・プレス』に見られたようなねじれたユーモア感覚は薄い。マッド・ハッターの巧みな誘導で、群衆の心理を暴走させていく様が克明に描かれる前半が秀抜。犯行の動機を中心に、丁寧な論証で犯人を焙り出して行く解決編が若干薄味で物足りないのは残念だ。(三門

ケヴィン・ブロックマイヤー『第七階層からの眺め』(武田ランダムハウスジャパン

第七階層からの眺め

第七階層からの眺め

 何でもない人生、何でもない物語の中に、諦念とも感傷ともつかない淡い感情の断片を読み出してくれる作品集。一編目の「千羽のインコのざわめきで終わる物語」が白眉だ。誰もが歌で喜びを悲しみを伝えあう「音溢れる街」で、ただ一人声を出すことのない男のちっぽけな人生が、僅か五行の最終段落に凝縮される。技巧的に凝り過ぎていまひとつ響かない作品も散見されるが、「<アドベンチャーゲームブック>ルーブ・ゴールドマシンである人間の魂」は、読者を惑わせるテクニックが人生というテーマそのものと連鎖して行く奇妙な作品だ。(三門

N・K・ジェミシン『空の都の神々は』(ハヤカワ文庫FT)

空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)

空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)

 少女が後継者争いに巻き込まれていく中で世界の秘密について知らされる、というストーリーは異世界ファンタジーの王道とも言えるが、この作品の舞台となる異世界の設定が魅力的なものとなっている。神々を奴隷として使役するという設定は背後に存在する膨大な物語と相まって、独自色を出している。さらに、後継者争いと復讐譚という構成のためか、主人公を始めとする人間たちや神々の心理描写が雰囲気を盛り上げてくれている。差別問題に興味を持っている著者らしく、ジェンダーをめぐる問題について考えさせてくれる作品でもある。(黒木)

フランク・ティリエ『シンドロームE(上下)』(ハヤカワ文庫NV)

シンドロームE(上) (ハヤカワ文庫NV)

シンドロームE(上) (ハヤカワ文庫NV)

 観た人間の神経を蝕む恐るべき映画にまつわる五十年の歴史を軸に、人間の狂気をまざまざと描き出すサイコサスペンス謀略スリラー伝奇ホラーの傑……作? 作者がこれまで書いてきた、シャルコ警視シリーズとリューシー警部補シリーズが合流するこの作品は、既存の作品より遙かにエンタメ要素が強く、初読者にも安心の設計。急角度でツイストする物語に翻弄されること間違いなし。逮捕された犯人が己の真意を語る終盤の十数ページは、悪意もなく憎悪もなく、ただ一言「クレイジー」と呟くほかない何か。存分に毒電波を味わってほしい。(三門