【告知】Re-ClaM Vol.2と別冊Re-ClaMについて
去る日曜日に文学フリマ事務局より第二十八回文学フリマ東京の席番連絡があったので、こちらでも告知を行います。
・5/6(月・祝)、東京流通センターにて行われる「第二十八回文学フリマ東京」に「Re-ClaM編集部」として出展します。スペースは「オ-29」です。
・新刊として「Re-ClaM Vol.2」を頒布します。特集テーマは「論創海外ミステリ」。前回は知る人ぞ知る作家/評論家でしたが、今回は大分敷居を下げてみました。(敷居が下がったとは言ってない)
・特集内容は以下の通り。具体的には来週末頃の校了を待ってお伝えしていきます。
-「論創海外ミステリ編集部ロングインタビュー」
約30000文字の超ロングインタビュー。叢書の創刊から現在、そして将来の構想までたっぷり語っていただきました。
-北原尚彦氏・鬼頭玲子氏「編者エッセイ」
ホームズアンソロジー/スタウト中編集を編纂されたお二人に、当時の思い出をエッセイとして書いていただきました。
-森英俊氏「論創海外ミステリ架空解説」
「もしこの作品が論創海外ミステリに収録されるとしたら」という仮定で書いていただいたエッセイ。作品はまだ内緒!
-「Re-ClaM編集部が選ぶ論創海外ミステリ20選」
第1巻から第100巻までの100冊から、20冊のおすすめ本を精選。それぞれ700文字程度のレビューを書きました。
-「翻訳者のため息~マージェリー・アリンガム『葬儀屋の次の仕事』」
盛林堂書房での販売時に付録としてつけられていた限定エッセイを復刻。翻訳の裏側を垣間見れる貴重な資料です。
また、特集外の寄稿ページも充実しています。
ROM誌で連載されていた「Queen’s Quorum Quest」(林克郎氏)・「Letter from M.K.」(M.K.氏)・「海外ミステリ最新事情」(小林晋氏)を、Re-ClaMでも継続して書いていただけることになりました。さらに真田啓介氏、古書山たかし氏、藤元直樹氏によるエッセイ、また、本邦初紹介の仏作家シルヴァン・ローシュのミステリ・コントを中川潤氏の訳でお送りします。加えて、小林晋氏からいただいた原書レビュー5連発も掲載。今回お試しで書影カラーページもつけたら、なんと160ページ越えとなりました。やりすぎ!
頒布価格、また通販などの頒布方法といった情報についてはまた別途お知らせいたします。Re-ClaM Vol.2をお楽しみに。
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併せて、8月のコミックマーケット96で頒布未定の「別冊Re-ClaM Vol.1」についてお知らせいたします(予定は未定)。そのタイトルは『死の隠れ鬼 J・T・ロジャース作品集』です。
「このミステリーがすごい!1998年版」海外部門2位となった『赤い右手』で知られるJ・T・ロジャースは、ミステリ・怪奇・航空・戦争など様々なテーマで1930年代・40年代にパルプ雑誌に数多の中短編を書きました。これらの中短編の一部は、リトルプレス Ramble House が出した二冊の作品集にまとめられています。今回はこの二冊のうち、2010年に刊行された Killing Time and Other Stories から三編(中編2、短編1)を選んで邦訳したものとなります。(著作権継承者より翻訳権・編集権の許諾取得済み)
熱帯の国の超高級ホテルで起こった謎めいた毒殺事件、勇敢な戦闘機乗りが空飛ぶ怪物と一騎打ち、そして闇に隠れ潜む恐るべき殺人者……『赤い右手』で作者が見せた、朦朧とさせられる熱っぽい文体と、その下に秘めたしたたかで冷徹なプロットの対比が冴える名品ぞろいです。詳細情報は、文学フリマ会場限定でお配りするペーパー初出、他ツイッターなどでお知らせしていきます。ぜひご期待ください。
2019年度エドガー賞短編部門候補作読書 総括編②
前回に引き続き、エドガー賞短編部門候補作を読んでいくことにする。前回はこちら。
・Art Taylor "English 398: Fiction Workshop"
2019年度アガサ賞短編部門の候補にも挙がっている作品。アート・テイラーは短編専業の作家で本人のサイトでの申告が正しければ、1995年にEQMMのデビュー作コーナーに載って以来かれこれ25年間各誌に寄稿しており、作品数は50弱。ここ数年はアガサ賞・アンソニー賞・マクヴィティ賞で頻繁にノミネートされており、受賞も多数。刊行された著作は連作短編集 On the Road with Del & Louise 一冊のみ。なお、エドガー賞はこれが初ノミネートである。
著者は大学でクリエイティブ・ライティングを教えているそうだが、その経験を生かした?作品になっている。「語らずに示せ」「切れ味の良いプロットに加えて、切れ味の良い文章を」など、主人公のピーターソンが生徒たちに示した指針を基に女子学生のブリタニーが書いた小説を読者は読まされる。その内容は「ピアソン先生が女子学生のブリアンナと、クリエイティブ・ライティングの指導中に不倫している」という現実を基にした妄想である。もちろんこれは事実ではない。ブリタニーはブリアンナのような肉感的な美女とは言いかねるし、ピーターソンは妻を愛しているからだ。おまけにその妄文は、先生が時々に示した「指針」に気まぐれに従った支離滅裂なゴミ作品だった。優秀なブリタニーらしからぬ意味不明な言動に困惑するピーターソン。果たしてピーターソンの運命は如何に?
「創作する」という行為が秘めた魔性を暴き立てる、「奇妙な味」を感じさせる良作である。不出来な短編もどきが、「先生の指針」によってしっちゃかめっちゃかになっていく(一つのシーンに五感の要素を盛り込め、とあればそれに擦り寄るように感覚の描写が爆増するなど)辺りで既に面白いが、妄想に過ぎないはずの「物語未満」が現実を侵食して、ピーターソンの運命を捻じ曲げてしまう終盤の展開が秀逸。正直、ミステリとしては弱い部分があるが、一種の怪談というか奇談として読めば許せるだろう。
なお、本編は作者のHPで期間限定ながら無料で読むことができる。
http://www.arttaylorwriter.com/arttaylor/wp-content/uploads/2019/01/Taylor_English398.pdf
・Lisa Unger "Sleep Tight Motel"
amazonオリジナルのホラー系アンソロジー(Dark Corners Collection, 電子限定)からエドガー賞候補に入った作品。作者のリザ・ウンガーはロマンス畑の人で、第一作の『美しい嘘』(ハヤカワ・ミステリ文庫)が邦訳あり。なお、長編 ”Under My Skin” が本年の同賞長編賞の候補に入っており、ダブル受賞となる可能性もゼロではない(まずないだろうが)。
拳銃一つと出所不明の大金が詰まったカバンを手に、女は古めかしい赤のマスタングを駆る。深夜のハイウェイから見えた看板に導かれるように彼女がたどり着いたのは、不思議な雰囲気の青年が経営する古くて小さいが清潔なモーテルだった。シーズンオフで泊り客がいないモーテルで心尽くしの歓待を受ける女だったが、隣の部屋から大きな音がする、車が急に故障して動かなくなるなど、次々と怪現象に襲われる。同時に、彼女自身が犯した過去の罪が彼女の心を追い詰めていく。
追いかけてくる過去パートと謎めいた現在パートがある一点で集約され、すべての謎が解決するので、その点ではミステリと言えなくもない。ご都合主義にも見えるが、序盤の伏線が示すある設定によって説明されるのは偉い。過去の暴力イケメンと現在の穏やかイケメンを併置するロマンス小説的ウマウマ展開は好き嫌いがあるかも。全体的に長さを感じてしまうのは要素を詰め込みすぎたが故だと思うので、むしろ中長編に書き伸ばすべきではなかろうか。
ここまで語弊のある書き方をしてきたが、こういう暗黒ロマンス小説風ライトミステリって絶対に需要があるので、ウンガー女史に置かれましては日本人読者向けにこのモーテルシリーズを書き継いでいただきたいのですが如何。
なお、本編はamazon kindleで単作購入可能である。235円。
https://www.amazon.co.jp/dp/B07GB1TLYL
・まとめ
四編分長々とレビューを書いてきたが、いずれの作品もいいところが見つけられる良作で嬉しい限り。単純に好みの順に並べるなら、English>Rabid≧Sleep>Ancient となるが、上で書いた通り翻訳されて適切に紹介されれば、"Sleep Tight Motel" が一番受けがいいと思うので、どこかの出版社が拾ってくれることを期待します。なお、エドガー賞受賞作の発表は2019/4/25(木)の予定です。
次回は2019年度のアガサ賞短編部門候補作についてまとめる予定。
On The Road with Del & Louise: A Novel in Stories (English Edition)
- 作者: Art Taylor
- 出版社/メーカー: Henery Press
- 発売日: 2015/09/15
- メディア: Kindle版
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2019年度エドガー賞短編部門候補作読書 総括編①
2019年1月22日、エドガー賞の候補作が発表された。今年の長編賞は未紹介の作家ばかりで反応に困るな。ウォルター・モズリーのノンシリーズ長編が受賞すると……長編は20年以上ぶりの邦訳になりますな。
むしろ今年話題になっているのは、評論賞の候補に日本人研究者が英語で著した本が入ったことだろう。元になったという『謎解き『ハックルベリー・フィンの冒険』』(新潮選書)は私も買ったが、原作をきちんと読み直してから読もうかと思っている。というか、大人向けの翻訳を読むのは多分初めてだ。<『ハック』
というのは早くも余談であり、今回のテーマは同賞の短編部門にある。今年は五本の短編が候補に挙げられているが、授賞式までに全作を読み切りそのレビューを書いて行く。というか既に読み終わっているので書くだけだ(※1)
以下、作者名順にレビューを羅列する。
・Poul Doiron "Rabid - A Mike Bowditch Short Story"
見慣れない単語"rabid"は恐水病を指す。より分かりやすく言えば狂犬病である。マイク・バウディッチシリーズは既に第九作まで出ているが、第一作の『森へ消えた男』(ハヤカワ・ミステリ文庫)だけが邦訳されている。長大なシリーズのスピンオフであれば読まなくてもいいように思えるが、どっこいこれ一作で十分楽しめる上に、他のシリーズ作品も読んでみたくなる良作である。
物語の中心は、メイン州の森に暮らす猟区管理人マイクの師匠で、今は引退したチャーリーが語る、30年前に彼の猟区に暮らしていたベトナム帰還兵とそのベトナム人の妻についての昔話である。帰還兵がコウモリに噛みつかれたという小さな事件がきっかけで、歪んでいても一応保たれていた秩序が崩壊し、悲惨な結末へ転がり落ちて行く。
しかしながらチャーリーの語りは完全なものではない。彼が男であり、捜査官であったがゆえに見落とされたものを指摘するのは、彼の妻オーラだ。彼女が今一度物語の結末を語り直すことによって、見逃された視点が、隠されていた陰惨な真実が明らかになる。これは上手い。米北部の美しい森にあってもアメリカ人の心性の深層を深く抉るベトナム戦争の興味深さは、やはり無類である。
なお本編はkindleで単作で購入可能である。値段は200円。
https://www.amazon.co.jp/dp/B07CWRHJ3W
・John Lutz "Paranoid Enough for Two"
未読。といってもジョン・ラッツは以前にもエドガー賞短編部門を受賞したことがあるので受賞率は低そうな気がするし、新シリーズ第一作のkobo版限定おまけ短編とのことでまったく読む気になれない。(↑のように単作で読んで面白い可能性はあるが……)
本編はそのシリーズの第二作 The Havana Game の巻末おまけとして再録されたので、読もうと思えば読むことができる。もし誰か読んで面白いと思った人がいたら、コメント他で教えてくりゃれ。
https://www.amazon.co.jp/dp/B07CWFXMV1
・Val McDermid "Ancient and Modern"
マクダーミドも一時期は盛んに翻訳された(主に集英社文庫)が、最近はとんと御無沙汰の作家。最新訳は意外!にも化学同人なる専門出版社から出た『科学捜査ケースファイル: 難事件はいかにして解決されたか』である。パトリシア・コーンウェルもそうだが、作中で使っているうちに調べ物に夢中になって……というパターンらしい。
候補作はノンシリーズ短編。初出は Bloody Scotland というアンソロジーである。「スコットランドの古い建物」を作中に取りこむという縛りのアンソロジーだが、何と本作に登場するのは「隠者の城」と呼ばれる架空の建物なのだ。いいのか、そんな解決法。
結婚を約束した恋人とのスコットランド北西部旅行の様子を、美しい情景とともに描いた前半が素晴らしい。時折、そして繰り返し差し挟まれる「でもコリンにはこの話はしなかった」という謎の一文が、この後何が起こるのかと読者を不安にさせるが、そのつもりにつもった情念が中盤以降利いてくることになる。しかし、力を溜めた割には終盤の爆発力に欠けるため、残念ながら傑作とは言えない。
本作は単作販売を行っておらず、また収録アンソロジーも今のところ電子版が出ていないので、読みたければ書籍を取り寄せるしかない。
残り二編とまとめは明日。
謎とき『ハックルベリー・フィンの冒険』: ある未解決殺人事件の深層 (新潮選書)
- 作者: 竹内康浩
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2015/01/23
- メディア: 単行本
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本を読んだら書く日記20190110|アレン・エスケンス『償いの雪が降る』
超久しぶりに新刊書店に行った。前回行ったのはウィリアム・ギャディス『JR』を買って国書税を納めた時なので、実に2週間以上ぶりである。本当はポケミスの新刊も買いたかったのだが、(スペースは空けてあったものの)まだ棚に出ていなかったので出直し。
・R・オースティン・フリーマン『キャッツ・アイ』(ちくま文庫)
『キャッツ・アイ』は、昔ROM叢書で買って読んだので実質再読になる。今やこんな本が文庫で出る時代である。ROM叢書だと、アリンガム『ミステリー・マイル』がそれなりに(少なくとも『ホワイトコテージの殺人』よりは)面白いので、アリンガムブームに乗って復刊しないものか期待しているが……『塩を喰う女たち』は、晶文社からの文庫化。先日読んだアッティカ・ロック『ブルーバード、ブルーバード』からの流れで買ってしまった。家に帰って積み山からアレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』とキングストン『チャイナ・メン』を発掘するように頭の片隅にメモ。
ついでにブックオフにも寄ったのだが、特に買うものが見つけられなかった。そのうち必要になる資料本を一冊買うに留める。あと『呪術廻戦』の1巻を買った。パッと読んだが、(本誌で立ち読みした時も思ったが)つかみはやはり微妙だと思う。
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アレン・エスケンス『償いの雪が降る』(創元推理文庫)を読んだ。
主人公のジョー・タルバートが大学の「身近な老人にインタビューして伝記を書く」という課題の対象として選んだのは、14歳の女の子に暴行した後で殺し、さらに現場に放火した容疑で逮捕され、そのまま刑務所で30年を過ごした男カール・アイヴァーソンだった。末期の膵臓癌で余命幾許もないカールと話していく中で、ジョーは当時の捜査・裁判の状況に疑問を抱くようになる。果たしてカールは本当に罪を犯したのだろうか。
びっくりするほどピュアな小説。「冤罪で30年間刑務所に閉じ込められた上に膵臓癌でいましも亡くならんとする男のために、死ぬ前に真犯人を明らかにして罪の汚れを雪いであげたいと努力する」物語や、一人暮らしの大学生(草食系)、実母はアル中かつネグレクト気味、にもかかわらず弟は発達障害で目が離せない、バイトでバーの用心棒をやっていて弱そうに見えて腕っぷしが強い、隣の部屋にはツンデレ美少女が住んでいるなどなど盛られまくった設定はその幼稚な感性にぞっとさせられる世間ずれしていない作者の真摯な感性を思わせる(発表時51歳ってうせやろ?20台で某MW文庫とかからデビューしたYA作家ならまあそういうものとして許せたが……)。
ストーリーについても正直牽引力は低く、ヤレヤレ系と見せかけて実は熱血ボーイスカウト系のジョーが特に根拠もなく突っ込んでいっては突破したり弾き飛ばされたりする話が続くのですぐ飽きる。こういう何のひねりもない猪突猛進真っ向勝負な話が好きな人もいると思うけど、残念ながら私は数十ページで退屈になりました。
本書のなかで少し面白いのは、30年前の事件の、そのさらに20年前のベトナム戦争がカールという人物の精神的背景になっていること。戦友を救ったこと、命じられるまま人を殺す自分に絶望したこと、楽しむように暴力をベトナム人たちに向ける上官に怒りを感じたこと……その背景をして人々は、カールに「暴力を能くする者」/「暴力を怖れ嫌う者」という正反対の色を勝手に塗り付け、「理解」しようとする(それはジョー自身もそうなのだが、作者がその点についてどう考えているかは分からない)。アメリカの現代史を理解する上では決して欠くことのできないこの戦争が、(こういった直情的な物語だからこそ、か?)今も色濃く影を落としているのだ、と改めて納得できた。
(ちなみに、この本が出た2014年の前年、『動くものはすべて殺せ』(ニック・タース、邦訳はみすず書房)というベトナム戦争の一つの真実を暴露する本が出てアメリカで話題になった。作者はこの本を読んだだろうか。私は近々読みたいと考えている)
ネグレクト、未成年への性暴力、偏見による冤罪、戦争犯罪など重苦しいテーマが過剰なほど盛り込まれた作品ということもあり、過激すぎると感じる向きもあるかもしれないが、むしろ主人公たちに年齢の近い、若い層の人たちにこそ読まれてほしいと思う。
本を読んだら書く日記20190109|ドウェイン・スウィアジンスキー『カナリアはさえずる』
最近超熱心に本を読んでいる感を出してしまっていますが、それは会社帰りに古本屋に行かず、紹介したくなるようなレストランや飯屋にも行かず、自宅で身を細らせながら本を読んでいるからであって……どっちが正しい人生なんやろうな。
つまりネタが本を読んだことしかない訳です。ちょっと寂しいね。
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ドウェイン・スウィアジンスキー『カナリアはさえずる』(扶桑社ミステリー)を読んだ。
スウィアジンスキーは今を遡ること10年ほど前に『メアリー-ケイト』『解雇手当』の二作品がハヤカワ・ミステリ文庫で刊行されたことで、私の頭の片隅に残っていた作家だ。その作風は端的に言えば「何でもありのドタバタサスペンス小説」でその味付けは「不幸も死も苦しみもひとしなみに低価値な悪趣味ギャグ」である。良識のある向きには顔を背けられそうだが、ウケる人間には直撃しかるのち大爆笑という内容だった。だから彼が「デッドプール」(を含む主にマーベル系のコミックス)の原作を書いたことがあるというのにも妙に納得だった。しかし、上記二作品は年末ランキングなどにも特にかかわることなく(残念ながら当然)、スウィアジンスキー自身も日本の読者から忘れ去られてかけていた。そう、この本が出るまでは!
本書は、ペンシルベニア州フィラデルフィアを舞台とする「麻薬」をテーマに据えた作品である。ことアメリカ東海岸の街のなかでも、ニューヨークやボストンは頻繁に小説の舞台になるのでなんとなくイメージがあるが、フィラデルフィアについては「独立宣言の署名が行われた街」というくらいの曖昧な認識しかなかったが、例えば「フィラデルフィア ドラッグ」で検索してみると、こんなニュースコラムがヒットする。2017年の記事だ。
この記事の冒頭の2パラグラフを引用する。
私が車で到着したのは、ノースフィラデルフィア()のケンジントン()地区。ここを訪れたのは、ラジオで聞いた話を追跡取材するためだ。線路沿い半マイル(約0.8キロ)にわたり米東部最大の屋外ドラッグ市場があると言われていた。ヘロインの問題が深刻化しているこの地域の実態はどれだけひどいもので、未曽有の麻薬依存が広がっているか、メディアが半年おきぐらいに報じるほどだった。
到着して目にした光景は、そうした報道による印象を確かに裏付けるものだった。この渓谷周辺は全米有数の貧困地域だ。ケンジントン地区と、似たようないくつかの地区の貧困率が低いために、フィラデルフィアは米国で最も貧しい大都市にランク付けされている。
なんと……恥ずかしながら知らなかった。本書では、こういった地勢的背景を縦糸に、そして人種的背景も含めた登場人物たちの思惑を横糸に、極めて複雑で緻密な織物が構成されている。
主人公のサリー(スペイン系)は、大学に入学したばかり。真面目で頭の切れる優等生だが、ある日パーティーで出会ったD(イタリア系)という赤いチノパンの似合うカッコいい先輩に頼まれて、車で街の北部のタウンハウスに送ることになった。Dは麻薬密売人をやっており、ディーラーから品物を仕入れに行くところだった。大物ディーラーの通称「チャッキー」の家へDを送り届けてほっと一息ついたサリーの前に、市警の麻薬撲滅チームの熱心な刑事ウィルディ(アフリカ系)が現れる。サリーの車に残されたDの上着からドラッグが発見されたことにより、サリーは最悪の状況に放り込まれてしまう。Dを差し出すか、あるいは。厳しい選択を迫られた彼女は、D以外の密売人を見つけ出して告発することで、悪夢的状況を切り抜けようとするが……
物語は、「サリーが母親に宛てたメモ」(ただし麻薬中毒患者だった母親は既に病気で亡くなっており実質自分用の覚書だ)と、ウィルディの三人称、そしてウィルディとサリーの間でやり取りされるショートメッセージで構成される。三つの文体を上手く繋げながら、各人がそれぞれに抱えるドラッグへの憎しみや腐りきった(しかし愛してもいる)街フィラデルフィアへの鬱屈した感情を存分に描き尽くしている。あれあれ、めちゃくちゃ真面目な作風じゃね~の? 10年前の作品に見られた「何でもあり」感はどこへ行っちゃったの?
大丈夫、上巻はまだまだアイドリング。一気にアクセルを踏み込むのは下巻に入ってからだ。謎の人物によってCI(警察協力者=密告者)を皆殺しにするために送り込まれる殺し屋たちとのバトル、次々に密売人を挙げながらもみるみる窮地に追い込まれていくサリー、もはや誰も信じられないウィルディの絶望……どんどこどんどこテンションが上がっていき、そして終盤明らかになる意外な真相! 上記のヒスパニック黒人イタリア系だけでなくアイルランド系ロシア系まで何もかもひっくるめてどっかんどっかん大騒ぎの果てにしんみりとした結末に読者を運んでいく。う、うまい。うますぎる。
自分の奔放な作風をいかに制御するかを学んで、スウィアジンスキーは大人になった。以前の作風が好きな人も苦手な人も、10年前の本なんて知らんよという人ももれなく楽しめる。『カナリアはさえずる』はそんな作品だ!
- 作者: ドゥエインスウィアジンスキー,Duane Swierczynski,公手成幸
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- 作者: ドゥエイン・スウィアジンスキー,公手成幸
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2018年翻訳ミステリ約ベスト10(今さら)
諸人もすなる年間ベスト10晒しなるものを我もしてみむとてするなり。
大まかに10日ほど遅れてするあたりに、時代とのずれを感じます。国内については碌に記録もしていないので、翻訳ミステリのみとなりました。お許しください。(期間は2017年11月から2018年10月)
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2位:アン・クリーヴス『空の幻像』(創元推理文庫)
3位:クリス・ウィタカー『消えた子供』(集英社文庫)
4位:ラグナル・ヨナソン『極夜の警官』(小学館文庫)
5位:ハリー・カーマイケル『アリバイ』(論創海外ミステリ)
6位:J・D・パーカー『悪の猿』(ハーパー・ブックス)
7位:デレク・B・ミラー『砂漠の空から冷凍チキン』(集英社文庫)
8位:デイヴィッド・C・テイラー『ニューヨーク1954』(ハヤカワ文庫NV)
9位:ヘレン・マクロイ『牧神の影』(ちくま文庫)
10位:ヨート&ローセンフェルト『犯罪心理捜査官セバスチャン 少女』(創元推理文庫)
次点:エイドリアン・マッキンティ『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』(ハヤカワ・ミステリ文庫)
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■各作品コメント
・『贖い主』:シミルボンにも以前感想を書いたが、現代北欧ミステリを代表するシリーズの最新邦訳作(かつ個人的にはシリーズ最高傑作)ということもあり、正直もっと評価されてほしい。
・『空の幻像』:正直、第四作『青雷の光る秋』の最悪の終わり方からここまで再生できるとは思っていなかった。二重のクローズドサークル、伝承と現代性を重ね合わせた構成。現代英国ミステリの最高峰。
・『消えた子供』:小さなコミュニティの中で一つずつ積み重ねたエピソードを終盤一気に収束させる構成の上手さと、誰一人ありきたりでない登場人物を操り切った新人離れした実力はもっと評価されるべき。
・『極夜の警官』:雰囲気のある舞台と選り抜きの登場人物によって、読者にアイスランドの小さな港町に降り積もった歴史と、その意外な現代性を思い描かせる秀作。3月に発売という第三作にも期待。
・『アリバイ』:丁寧に形作られた謎が丁寧に解きほぐされる、序盤中盤終盤まるで隙のないウェルメイドな捜査小説。売り方が不愛想すぎるのが残念。
・『悪の猿』:ありがちな「物語」を共有する他の凡作と比べて遥かに優れているのは、提示されるヴィジョンの細やかさ。才能は細部に発揮される。
・『砂漠の空から冷凍チキン』:不器用すぎる男の友情物語。こればっかりは好みなので、無理に理解していただく必要はありません。
・『ニューヨーク1954』:50年代のニューヨークの夜に佇む闇と、その匂い・空気を再現しようとした意欲作。続編があればぜひ読みたい。
・『牧神の影』:暗号については全く興味がないが、40年代アメリカの、しかも片田舎でなければ逆に成立しない仕掛けには惹かれるものがある。
・『犯罪心理捜査官セバスチャン 少女』:第二作以降で読むのをやめてしまった知り合いが多いようで残念。骨太な構造とセンチメンタルなおっさんの好対照が生きる良品。
・『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』:第一作で失敗した部分をもう一度見直して再構築したのであろう良作。世間では第一作ほど読まれていないらしいが……
■総評
結果的に年末ランキングとは無縁な内容になりました。
本を読んだら書く日記20190107-2|マイクル・コナリー『贖罪の街』/シェイン・クーン『謀略空港』
ぱっぱと片付けないと後がつかえているので、昨年分のお残しはあっさりと流していきましょうか。
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前作『燃える部屋』(講談社文庫)での規則逸脱が問題となり、「定年延長選択制度(DROP)」を続けることができなくなったハリー・ボッシュは、ついに市警を退職。古いバイクを修理する悠々自適の生活を始めようとしていた彼に、刑事弁護士のミッキー・ハラーから協力要請が入る。弁護士の調査員となることは警察組織全体への裏切り(Crossing)になると知りつつも、ボッシュは謎を追うことを止められない……果たして真実はいずれの側にあるのか?
本書の物語は、ボッシュと「どうも警察内部の人間らしい謎のコンビ」の二つの側から交互に描かれる。ジェフリー・ディーヴァーが得意とする「追いつ追われつのサスペンス構造」をボッシュものに持ち込んだとでもいうべきか。互いのミスにつけ込んで有利な立ち位置を窺いながら、互いに一歩一歩距離を詰めていくサスペンスは堂に入ったもので、小説巧者たる所以を見せつけている。警察の外側という立場から警察や市上層部の暗部を暴いていくボッシュの活躍が楽しいエンタメに満ちた良作。
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シェイン・クーン『謀略空港』(創元推理文庫):
ナイーヴだが抜群の腕前を持つ殺し屋ジョン・ラーゴが主人公の物語『インターンズ・ハンドブック』(扶桑社ミステリー)が、昨年話題になった作家の第三作(第二作は上記の続編)。911のテロで妹を亡くし、もう二度とこんな悲惨な事件は起こさせないと空港セキュリティの専門家となったケネディ。しかしある日、彼は突然CIAの幽霊機関「レッド・カーペット」にリクルートされる。史上最悪のテロを目論む巨悪から全米の空港を、そして人々を守るためにケネディは様々な技能を極めた仲間たちとともに立ち上がる。
驚くほどわかりやすい(そして残念ながらどうしようもなく退屈な)エンタメ作品。ン十年前のコミックから引き写してきたかのような安上がりのプロットとまるで奥行きのない雑なディテール。トンデモ話だが主人公のセンチメンタルな内面を書き込むことで絶妙な作品内リアリティを醸し出していた前作とはまるで比べ物にならない凡作。
本を読んだら書く日記20190107|ピエール・ルメートル『炎の色』
コミケ疲れからか冬眠した三門がソリャっと目覚めるとそこは2019年であった。
皆さま、あけましておめでとうございます。新刊をさっさと読んで同人誌もズンズン読んで、おまけに既刊も読むつもりの冬休みでしたが、実際にはあんまり読んでなかったです。もちろん書いてもいない。いよいよ崖っぷちか。
ということで(どういうことで?)前置きなしに去年読んだ新刊の感想からとりあえず片付けていきたいと思います。
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ピエール・ルメートル『炎の色』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。
私は何も知らなかった――銀行家の娘として生まれ育ち、勧められるまま結婚した夫との間に一子を設けたマドレーヌ・ペリクール。しかし夫が死に、父が死に、そしてその葬儀の席で、息子ポールは三階の窓から転落する……財産も地位も何もかも失い、ただそこに残るのは「自分をこんな状況に貶めた三人の男への復讐心」のみ。ドイツではナチス党が台頭し、軍靴の音が遠くから聞こえ始めた1930年代のフランスを舞台に展開される、これこそ20世紀の「人間喜劇」!
バルザックないしユゴーを思わせる重苦しいテーマを軽快な調子で描く、大河小説シリーズの第二作。前作『天国でまた会おう』で主人公二人の復讐の対象であった青年実業家プラデルこそ、マドレーヌの夫であり、ポールの父親なのですが覚えてますか? あ、覚えてなくても何ら問題ないです。僕も忘れてました。
前作は第一次世界大戦(戦後処理含め)コンテンツ大好きマンの自分も大満足の傑作だったのですが(セバスチャン・ジャプリゾ『長い日曜日』(創元推理文庫)という大傑作もオススメ!)、残念ながら今作は復讐譚としてはかなり落ちます。というのも個人的に、「マドレーヌという女にまるで魅力が感じられなかった」から。空っぽで魅力のない人物が復讐を訴えても、心に響いてこないんだよなあ。何しろ「貶められた」といっても、その原因の大半は彼女自身が思考を放棄していたことにある訳で……なんや自業自得やないかい! ギャアギャア騒ぐなや!
むしろ素晴らしいのは「間抜けなマドレーヌ」の息子ポール君。さる事情により窓から身を投げるに至った七歳児の彼は、頸椎の損傷により下半身不随になってしまいますが、彼の人生は型破りなオペラ歌手ソランジュ・ガリナートによって救われます。レコード屋で彼女のレコードを買い求め、うっとりと聞きほれるポール。ファンレターの返事に感動するポール。パリへと公演にやってきたソランジュに初めて対面したポール。おお、ポール! マドレーヌから奪い去られた作者の暖かさ優しさは何もかもポールに捧げられているといっていいでしょう。学校には通えないものの貪欲に知識を吸収し、窮乏した我が家を救うべく起業を考え始めるポール君に対して、マドレーヌは下半身不随になった息子が童貞なのを気にしているのでは?などと常に見当違いな思い込みで接しているのが切ない。この女、本当にどうしようもなく自分の立場でしか物を考えられないのですなあ。
自分勝手な復讐のために大義も国家も何もかも踏みつけにしていくマドレーヌの歩みと並行して、避けられない戦争に向かって落ち込んでいくフランス共和国の未来は如何に?というのはおそらく三部作の完結編で描かれるかと思います。今春日本でも公開予定という第一作の映画も含めて、シリーズの展開に大いに期待したいところです。
本を読んだら書く日記20181204|マージェリー・アリンガム『殺人者の街角』
文学フリマ以降本を鞄に突っ込んでも読めない日が続いていたが(主にソシャゲが原因なので言い訳の余地がない)、ようやく指針が立ってきた印象。
ということで諸事打ち合わせをしに表仕事は半休を取って神保町へ。はい、Re-ClaM Vol.2の特集関連です。企画は通りましたので、執筆者が集まれば何とか出せそうです。
2時間ほど話をして疲れたので、適当に古本を眺めてから帰る。以下購入本。
・ヴィクター・カニング『隼のゆくえ』(新潮社)\200
・石沢英太郎『ブルー・フィルム殺人事件』(講談社文庫)\400
『隼のゆくえ』は探すともなく探している児童書シリーズの最終作。一冊目の『チーターの草原』もそのうち見つけたいものだ。カニングは『溶ける男』と『QE2を盗め』しかまだ読んでいないが、なかなかいいスリラー作家なのでもっと読まれてほしい。石沢英太郎はボチボチ収集中。
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マージェリー・アリンガム『殺人者の街角』(論創海外ミステリ)を読んだ。
『検屍官の領分』(1945)、『葬儀人の次の仕事』(1949)、『霧の中の虎』(1952)、『殺人者の街角』(1958)と作者の戦後の作品を読んでいくと、そこには一種の「郷愁」というか、今はもう遠くなってしまった「戦前」の世界を振り返るような作者の姿勢が見て取れる。ただそれは「昔は良かった」「それに比べて今は~」という「感傷」とはまた違うものかもしれない。(『霧の中の虎』と『殺人者の街角』の間の未訳作 The Beckoning Lady は、キャンピオンが小さな村で起こった殺人事件の謎に挑む話だそうだが、これもまた一つの「郷愁」と読める)
さてこの作品では、例えば当座のちょっとした借金を返すためにいとも気軽に強盗殺人を行う「殺人者」(他にも明らかになっていない複数の殺人事件の犯人である)ジェリーの肖像が物語の中心に据えられている。小綺麗にしていて金離れのいい彼はロンドンの様々な立場の人々に知られているが、彼らは実は用心深い彼のことをほとんど知らない(彼は名前さえ、状況に応じて微妙に異なる偽名を使い分けている)。この物語では、ジェリーの正体を知らないまま、お人よしにも世話をしている老女ポリーのところに、田舎から親類の女の子がやってきた「ある一日」の出来事が描かれる。ポリーは、一歩間違えばゴミ箱送りの骨董品を集めた「博物館を経営している」(ごみ屋敷に暮らしている)女性で、彼女の古き良き善良さとジェリーの「サイコパス的な悪」(それは「戦後」に特有のものかもしれない)は対比的に描かれている。
本作のハイライトは、大詰めの場面で訪れる「対面」のシーンである。『霧の中の虎』を読んだ人は、恐るべき犯罪者「虎」と神父とが対面するシーンを思い出すかもしれない。アリンガムは「対極の立場にある者を闇の中で対峙させる」手癖があり、そこでその人間たちの感情を、そして本性を迸らせる。己の欲を満たすため他人を利用して憚らない、罪の意識など欠片もないジェリーは、どこかパトリシア・ハイスミスの「ヒーロー」トム・リプリーを思い出させる(シリーズ第一作『リプリー』は1955年の作品であり、アリンガムが読んでいた可能性ももちろんある)が、本作はアリンガムの目指す地点がハイスミスのそれとはまた違うことをまざまざと見せつけてくれる。それがどう違うかは、ぜひご一読いただき判断してほしい。
本作は1958年のCWAゴールドダガー次点(受賞作はマーゴット・ベネット『過去からの声』(論創海外ミステリ))だが、その高評価も納得の良作である。
- 作者: パトリシアハイスミス,Patricia Highsmith,佐宗鈴夫
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2016/05/07
- メディア: 文庫
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Re-ClaM Vol.1 サンプル③『マーティン・エドワーズ氏への10の質問』
最近本がまったく読めていなくて日記も停滞気味ですが、取り急ぎ同人誌の方の状況をお知らせします。
11月25日の第27回文学フリマ東京にお越しいただいた方、ありがとうございました。おかげさまで、新刊のRe-ClaM Vol.1 および委託販売のROM s-002 とも、オリジナル評論としてはかなり多くの部数を頒布することができました。Twitterなどでも、既に多くの方の感想を拝見しております。伏して感謝。
25日の17時以降、書肆盛林堂様にてRe-ClaM Vol.1 の通販が開始されています。一時的に品切れになることもありましたが、現時点でも購入することが可能です。まだお買い上げになっていない方がいらっしゃいましたら、ぜひご利用ください(ROM s-002 は元の部数が少なかったこともあり、既に完売となっております)。
今回は、「マーティン・エドワーズとは一体誰か?」というところから分からない、という方のために、エドワーズが本誌のために応えてくれたインタビューの内容をご紹介します。氏がイギリスのクラシックミステリに精通している編集者であるのはもちろんですが、現代日本のミステリも含めて多くの本格ミステリに興味を持ち、広く紹介している書評家でもあります。我々日本の読者にとってもシンパシーを感じさせる彼の魅力をぜひ知って下さい。なお、「※」は、今回の記事用に追記した内容となります。
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マーティン・エドワーズ メールインタビュー(2018年7月26日実施)
Q.01:あなたはいつ頃ミステリを読み始めましたか。また、最初に読んだミステリは何でしたか?
A.01:私が初めてミステリを読んだのは、9歳の誕生日を迎える少し前でした。その時読んだのがアガサ・クリスティーの『牧師館の殺人』です。それ以来、私はこのジャンルに「ハマって」しまいました。
Q.02:逆に、あなたが最近読んだ作品のうち、印象に残っているものはどれですか?
A.02:アンソニー・ホロヴィッツの The Word is Murder です。非常にスマートな作品でした。
※ホロヴィッツは本年『カササギ殺人事件』(創元推理文庫)が紹介された作家。その最新作が The Word Is Murder です
Q.03:あなたが今一番興味を持っている古典作家を教えてください。また、それはなぜですか?
A.03:注目している作家は多いですが、一人挙げるならリチャード・ハルでしょう。多様かつ高度に独自性の高い作品を書いた作家ですね。
※ハルについては『探偵小説の黄金時代』でも、『善意の殺人』や未訳の My Own Murderer などに言及していました。『伯母殺人事件』だけの作家ではありません。
Q.04:あなたが過去に編纂したアンソロジーのうち、気に入っているものを教えてください。
A.04:おやおや、随分と変わった質問をするのですね。私はこれまで、「ブリティッシュ・ライブラリー・クライム・クラシックス」に収録したものも含めて37冊のアンソロジーを編纂しました。その中でも英米以外の国で書かれた、他で読むのが難しい短編を集めた Foreign Bodies が気に入っています。
※ Foreign Bodies には、大阪圭吉「寒の夜晴れ」や甲賀三郎「蜘蛛」などが収録されています。
Q.05:「ブリティッシュ・ライブラリー・クライム・クラシックス」の中で、気に入っている作家・作品を教えてください。
A.05:アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』です。素晴らしい作品ですし、今回の叢書に加えるに当たって私の方で新しい解決を書き下ろしたのも印象的でした。
Q.06:『探偵小説の黄金時代』を読んだ読者が次に読むべき、クラシックミステリの研究書は何だと思いますか?
A.06:私の The Story of Classic Crime in 100 Books を除くと(笑)、私が編集したドロシー・L・セイヤーズの書評集 Taking Detective Stories Seriously 、それからジュリアン・シモンズの『ブラッディ・マーダー』(新潮社)が優れています。
※ The Story of Classic Crime in 100 Books については、先日序文のサンプルをアップしました。ぜひ翻訳されてほしい本ですね。
Q.07:『探偵小説の黄金時代』で取り上げた作家のうち、特に思い入れの強い作家は誰ですか?
A.07:アントニイ・バークリーは、私にとって非常に重要な作家です。彼は精力的かつミステリアスな人物であり、本名/フランシス・アイルズ名義の両方でいくつもの素晴らしい作品を生み出しました。
Q.08:あなたは日本のミステリを読んだことはありますか。そのうち印象に残っている作品を教えてください。
A.08:日本のミステリにはいい作品がたくさんありますね。たとえば有栖川有栖『孤島パズル』や、夏樹静子『第三の女』などが思い出されます。その中でのベストは東野圭吾『容疑者Xの献身』かもしれません。ただ、一冊に絞るのは非常に難しいです。
Q.09:あなたの長編作品は残念ながらまだ日本語に翻訳されていませんが(短編はいくつか翻訳されており、雑誌で読むことができます)、読み始めるならばこの一冊というおすすめの作品を教えてください。
A.09:ハリー・デヴリンが主人公のシリーズは、古典的なフーダニットに近いスタイルなので楽しめると思います。特に、 Yesterday’s Papers などはその傾向が強いです。また、1930年を舞台にした単発のスリラー小説 Gallows Court が近日刊行の予定ですが、私自身も出版を心待ちにしています。
※この二作について、本誌でレビューを掲載しました。
Q.10:日本のクラシックミステリファンに一言お願いします。
A.10:私は、かねてよりディテクション・クラブの会長として、「本格ミステリ作家クラブ」の皆さんと連絡を取り合うことを楽しんできました。いつの日か日本を訪れたいとも考えています。
私は日本語を読むことができませんが、密室の謎に関する素晴らしいイラストの本を持っています(訳者注:『有栖川有栖の密室大図鑑』)。残念ながら文章の意味は分からないのですが、それでもなおとても楽しむことができました。
私は世界中のミステリ作家、ミステリファンが繋がりを持つことができれば素晴らしいと考えており、日本の皆さんとお話しする機会を持つことにも大変興味を持っています。私はこれからも日本のミステリを楽しく読み続けることでしょう。そしていつか、私の作品が日本語に翻訳されることを祈念して已みません。
※エドワーズと、本格ミステリ作家クラブの関係については、芦辺拓「マーティン・エドワーズ氏の印象」を参照のこと。
The Poisoned Chocolates Case (British Library Crime Classics) (English Edition)
- 作者: Anthony Berkeley
- 出版社/メーカー: British Library Publishing
- 発売日: 2016/10/10
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