深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

2018年翻訳ミステリ約ベスト10(今さら)

諸人もすなる年間ベスト10晒しなるものを我もしてみむとてするなり。

大まかに10日ほど遅れてするあたりに、時代とのずれを感じます。国内については碌に記録もしていないので、翻訳ミステリのみとなりました。お許しください。(期間は2017年11月から2018年10月)

 

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1位:ジョー・ネスボ『贖い主』集英社文庫

2位:アン・クリーヴス『空の幻像』創元推理文庫

3位:クリス・ウィタカー『消えた子供』集英社文庫

4位:ラグナル・ヨナソン『極夜の警官』小学館文庫)

5位:ハリー・カーマイケル『アリバイ』(論創海外ミステリ)

6位:J・D・パーカー『悪の猿』(ハーパー・ブックス)

7位:デレク・B・ミラー『砂漠の空から冷凍チキン』集英社文庫

8位:デイヴィッド・C・テイラー『ニューヨーク1954』(ハヤカワ文庫NV)

9位:ヘレン・マクロイ『牧神の影』ちくま文庫

10位:ヨート&ローセンフェルト『犯罪心理捜査官セバスチャン 少女』創元推理文庫

次点:エイドリアン・マッキンティ『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

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■各作品コメント

『贖い主』:シミルボンにも以前感想を書いたが、現代北欧ミステリを代表するシリーズの最新邦訳作(かつ個人的にはシリーズ最高傑作)ということもあり、正直もっと評価されてほしい。

『空の幻像』:正直、第四作『青雷の光る秋』の最悪の終わり方からここまで再生できるとは思っていなかった。二重のクローズドサークル、伝承と現代性を重ね合わせた構成。現代英国ミステリの最高峰。

『消えた子供』:小さなコミュニティの中で一つずつ積み重ねたエピソードを終盤一気に収束させる構成の上手さと、誰一人ありきたりでない登場人物を操り切った新人離れした実力はもっと評価されるべき。

『極夜の警官』:雰囲気のある舞台と選り抜きの登場人物によって、読者にアイスランドの小さな港町に降り積もった歴史と、その意外な現代性を思い描かせる秀作。3月に発売という第三作にも期待。

『アリバイ』:丁寧に形作られた謎が丁寧に解きほぐされる、序盤中盤終盤まるで隙のないウェルメイドな捜査小説。売り方が不愛想すぎるのが残念。

『悪の猿』:ありがちな「物語」を共有する他の凡作と比べて遥かに優れているのは、提示されるヴィジョンの細やかさ。才能は細部に発揮される。

『砂漠の空から冷凍チキン』:不器用すぎる男の友情物語。こればっかりは好みなので、無理に理解していただく必要はありません。

『ニューヨーク1954』:50年代のニューヨークの夜に佇む闇と、その匂い・空気を再現しようとした意欲作。続編があればぜひ読みたい。

『牧神の影』:暗号については全く興味がないが、40年代アメリカの、しかも片田舎でなければ逆に成立しない仕掛けには惹かれるものがある。

『犯罪心理捜査官セバスチャン 少女』:第二作以降で読むのをやめてしまった知り合いが多いようで残念。骨太な構造とセンチメンタルなおっさんの好対照が生きる良品。

『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』:第一作で失敗した部分をもう一度見直して再構築したのであろう良作。世間では第一作ほど読まれていないらしいが……

 

■総評

結果的に年末ランキングとは無縁な内容になりました。

 

贖い主 上 顔なき暗殺者 (集英社文庫)

贖い主 上 顔なき暗殺者 (集英社文庫)

 
贖い主 下 顔なき暗殺者 (集英社文庫)

贖い主 下 顔なき暗殺者 (集英社文庫)

 
空の幻像 (創元推理文庫)

空の幻像 (創元推理文庫)

 
消えた子供: トールオークスの秘密 (集英社文庫)

消えた子供: トールオークスの秘密 (集英社文庫)

 

本を読んだら書く日記20190107-2|マイクル・コナリー『贖罪の街』/シェイン・クーン『謀略空港』

ぱっぱと片付けないと後がつかえているので、昨年分のお残しはあっさりと流していきましょうか。

 

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マイクル・コナリー『贖罪の街』(講談社文庫)

前作『燃える部屋』(講談社文庫)での規則逸脱が問題となり、「定年延長選択制度(DROP」を続けることができなくなったハリー・ボッシュは、ついに市警を退職。古いバイクを修理する悠々自適の生活を始めようとしていた彼に、刑事弁護士のミッキー・ハラーから協力要請が入る。弁護士の調査員となることは警察組織全体への裏切り(Crossing)になると知りつつも、ボッシュは謎を追うことを止められない……果たして真実はいずれの側にあるのか?

本書の物語は、ボッシュと「どうも警察内部の人間らしい謎のコンビ」の二つの側から交互に描かれる。ジェフリー・ディーヴァーが得意とする「追いつ追われつのサスペンス構造」ボッシュものに持ち込んだとでもいうべきか。互いのミスにつけ込んで有利な立ち位置を窺いながら、互いに一歩一歩距離を詰めていくサスペンスは堂に入ったもので、小説巧者たる所以を見せつけている。警察の外側という立場から警察や市上層部の暗部を暴いていくボッシュの活躍が楽しいエンタメに満ちた良作。

 

贖罪の街(上) (講談社文庫)
 
贖罪の街(下) (講談社文庫)
 

 

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シェイン・クーン『謀略空港』(創元推理文庫

ナイーヴだが抜群の腕前を持つ殺し屋ジョン・ラーゴが主人公の物語インターンズ・ハンドブック』(扶桑社ミステリー)が、昨年話題になった作家の第三作(第二作は上記の続編)。911のテロで妹を亡くし、もう二度とこんな悲惨な事件は起こさせないと空港セキュリティの専門家となったケネディ。しかしある日、彼は突然CIAの幽霊機関「レッド・カーペット」にリクルートされる。史上最悪のテロを目論む巨悪から全米の空港を、そして人々を守るためにケネディは様々な技能を極めた仲間たちとともに立ち上がる。

驚くほどわかりやすい(そして残念ながらどうしようもなく退屈な)エンタメ作品。ン十年前のコミックから引き写してきたかのような安上がりのプロットとまるで奥行きのない雑なディテール。トンデモ話だが主人公のセンチメンタルな内面を書き込むことで絶妙な作品内リアリティを醸し出していた前作とはまるで比べ物にならない凡作。

 

謀略空港 (創元推理文庫)

謀略空港 (創元推理文庫)

 
インターンズ・ハンドブック (海外文庫)

インターンズ・ハンドブック (海外文庫)

 

本を読んだら書く日記20190107|ピエール・ルメートル『炎の色』

 コミケ疲れからか冬眠した三門がソリャっと目覚めるとそこは2019年であった。

 皆さま、あけましておめでとうございます。新刊をさっさと読んで同人誌もズンズン読んで、おまけに既刊も読むつもりの冬休みでしたが、実際にはあんまり読んでなかったです。もちろん書いてもいない。いよいよ崖っぷちか。

 ということで(どういうことで?)前置きなしに去年読んだ新刊の感想からとりあえず片付けていきたいと思います。

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 ピエール・ルメートル『炎の色』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだ。

私は何も知らなかった――銀行家の娘として生まれ育ち、勧められるまま結婚した夫との間に一子を設けたマドレーヌ・ペリクール。しかし夫が死に、父が死に、そしてその葬儀の席で、息子ポールは三階の窓から転落する……財産も地位も何もかも失い、ただそこに残るのは「自分をこんな状況に貶めた三人の男への復讐心」のみ。ドイツではナチス党が台頭し、軍靴の音が遠くから聞こえ始めた1930年代のフランスを舞台に展開される、これこそ20世紀の「人間喜劇」!

 

 バルザックないしユゴーを思わせる重苦しいテーマを軽快な調子で描く、大河小説シリーズの第二作。前作『天国でまた会おう』で主人公二人の復讐の対象であった青年実業家プラデルこそ、マドレーヌの夫であり、ポールの父親なのですが覚えてますか? あ、覚えてなくても何ら問題ないです。僕も忘れてました。

 前作は第一次世界大戦(戦後処理含め)コンテンツ大好きマンの自分も大満足の傑作だったのですが(セバスチャン・ジャプリゾ『長い日曜日』(創元推理文庫という大傑作もオススメ!)、残念ながら今作は復讐譚としてはかなり落ちます。というのも個人的に、「マドレーヌという女にまるで魅力が感じられなかった」から。空っぽで魅力のない人物が復讐を訴えても、心に響いてこないんだよなあ。何しろ「貶められた」といっても、その原因の大半は彼女自身が思考を放棄していたことにある訳で……なんや自業自得やないかい! ギャアギャア騒ぐなや!

 むしろ素晴らしいのは「間抜けなマドレーヌ」の息子ポール君。さる事情により窓から身を投げるに至った七歳児の彼は、頸椎の損傷により下半身不随になってしまいますが、彼の人生は型破りなオペラ歌手ソランジュ・ガリナートによって救われます。レコード屋で彼女のレコードを買い求め、うっとりと聞きほれるポール。ファンレターの返事に感動するポール。パリへと公演にやってきたソランジュに初めて対面したポール。おお、ポール! マドレーヌから奪い去られた作者の暖かさ優しさは何もかもポールに捧げられているといっていいでしょう。学校には通えないものの貪欲に知識を吸収し、窮乏した我が家を救うべく起業を考え始めるポール君に対して、マドレーヌは下半身不随になった息子が童貞なのを気にしているのでは?などと常に見当違いな思い込みで接しているのが切ない。この女、本当にどうしようもなく自分の立場でしか物を考えられないのですなあ。

 自分勝手な復讐のために大義も国家も何もかも踏みつけにしていくマドレーヌの歩みと並行して、避けられない戦争に向かって落ち込んでいくフランス共和国の未来は如何に?というのはおそらく三部作の完結編で描かれるかと思います。今春日本でも公開予定という第一作の映画も含めて、シリーズの展開に大いに期待したいところです。

 

炎の色 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

炎の色 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 
炎の色 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

炎の色 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

長い日曜日 (創元推理文庫)

長い日曜日 (創元推理文庫)

 

本を読んだら書く日記20181204|マージェリー・アリンガム『殺人者の街角』

文学フリマ以降本を鞄に突っ込んでも読めない日が続いていたが(主にソシャゲが原因なので言い訳の余地がない)、ようやく指針が立ってきた印象。

ということで諸事打ち合わせをしに表仕事は半休を取って神保町へ。はい、Re-ClaM Vol.2の特集関連です。企画は通りましたので、執筆者が集まれば何とか出せそうです。

2時間ほど話をして疲れたので、適当に古本を眺めてから帰る。以下購入本。

ヴィクター・カニング『隼のゆくえ』(新潮社)\200

石沢英太郎『ブルー・フィルム殺人事件』講談社文庫)\400

『隼のゆくえ』は探すともなく探している児童書シリーズの最終作。一冊目のチーターの草原』もそのうち見つけたいものだ。カニングは『溶ける男』『QE2を盗め』しかまだ読んでいないが、なかなかいいスリラー作家なのでもっと読まれてほしい。石沢英太郎はボチボチ収集中。

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マージェリー・アリンガム『殺人者の街角』(論創海外ミステリ)を読んだ。

検屍官の領分』(1945)、『葬儀人の次の仕事』(1949)、『霧の中の虎』(1952)、『殺人者の街角』(1958)と作者の戦後の作品を読んでいくと、そこには一種の「郷愁」というか、今はもう遠くなってしまった「戦前」の世界を振り返るような作者の姿勢が見て取れる。ただそれは「昔は良かった」「それに比べて今は~」という「感傷」とはまた違うものかもしれない。(『霧の中の虎』と『殺人者の街角』の間の未訳作 The Beckoning Lady は、キャンピオンが小さな村で起こった殺人事件の謎に挑む話だそうだが、これもまた一つの「郷愁」と読める)

さてこの作品では、例えば当座のちょっとした借金を返すためにいとも気軽に強盗殺人を行う「殺人者」(他にも明らかになっていない複数の殺人事件の犯人である)ジェリーの肖像が物語の中心に据えられている。小綺麗にしていて金離れのいい彼はロンドンの様々な立場の人々に知られているが、彼らは実は用心深い彼のことをほとんど知らない(彼は名前さえ、状況に応じて微妙に異なる偽名を使い分けている)。この物語では、ジェリーの正体を知らないまま、お人よしにも世話をしている老女ポリーのところに、田舎から親類の女の子がやってきた「ある一日」の出来事が描かれる。ポリーは、一歩間違えばゴミ箱送りの骨董品を集めた「博物館を経営している」(ごみ屋敷に暮らしている)女性で、彼女の古き良き善良さとジェリーの「サイコパス的な悪」(それは「戦後」に特有のものかもしれない)は対比的に描かれている

本作のハイライトは、大詰めの場面で訪れる「対面」のシーンである。『霧の中の虎』を読んだ人は、恐るべき犯罪者「虎」と神父とが対面するシーンを思い出すかもしれない。アリンガムは「対極の立場にある者を闇の中で対峙させる」手癖があり、そこでその人間たちの感情を、そして本性を迸らせる。己の欲を満たすため他人を利用して憚らない、罪の意識など欠片もないジェリーは、どこかパトリシア・ハイスミスの「ヒーロー」トム・リプリーを思い出させる(シリーズ第一作リプリーは1955年の作品であり、アリンガムが読んでいた可能性ももちろんある)が、本作はアリンガムの目指す地点がハイスミスのそれとはまた違うことをまざまざと見せつけてくれる。それがどう違うかは、ぜひご一読いただき判断してほしい。

本作は1958年のCWAゴールドダガー次点(受賞作はマーゴット・ベネット『過去からの声』(論創海外ミステリ))だが、その高評価も納得の良作である。

殺人者の街角 (論創海外ミステリ)

殺人者の街角 (論創海外ミステリ)

 
霧の中の虎 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

霧の中の虎 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 
太陽がいっぱい (河出文庫)

太陽がいっぱい (河出文庫)

 

Re-ClaM Vol.1 サンプル③『マーティン・エドワーズ氏への10の質問』

最近本がまったく読めていなくて日記も停滞気味ですが、取り急ぎ同人誌の方の状況をお知らせします。

11月25日の第27回文学フリマ東京にお越しいただいた方、ありがとうございました。おかげさまで、新刊のRe-ClaM Vol.1 および委託販売のROM s-002 とも、オリジナル評論としてはかなり多くの部数を頒布することができました。Twitterなどでも、既に多くの方の感想を拝見しております。伏して感謝。

25日の17時以降、書肆盛林堂様にてRe-ClaM Vol.1 の通販が開始されています。一時的に品切れになることもありましたが、現時点でも購入することが可能です。まだお買い上げになっていない方がいらっしゃいましたら、ぜひご利用ください(ROM s-002 は元の部数が少なかったこともあり、既に完売となっております)。

seirindousyobou.cart.fc2.com

今回は、「マーティン・エドワーズとは一体誰か?」というところから分からない、という方のために、エドワーズが本誌のために応えてくれたインタビューの内容をご紹介します。氏がイギリスのクラシックミステリに精通している編集者であるのはもちろんですが、現代日本のミステリも含めて多くの本格ミステリに興味を持ち、広く紹介している書評家でもあります。我々日本の読者にとってもシンパシーを感じさせる彼の魅力をぜひ知って下さい。なお、「※」は、今回の記事用に追記した内容となります。

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マーティン・エドワーズ メールインタビュー(2018年7月26日実施)

 

Q.01:あなたはいつ頃ミステリを読み始めましたか。また、最初に読んだミステリは何でしたか?

A.01:私が初めてミステリを読んだのは、9歳の誕生日を迎える少し前でした。その時読んだのがアガサ・クリスティー『牧師館の殺人』です。それ以来、私はこのジャンルに「ハマって」しまいました。

 

Q.02:逆に、あなたが最近読んだ作品のうち、印象に残っているものはどれですか?

A.02:アンソニーホロヴィッツThe Word is Murder です。非常にスマートな作品でした。

ホロヴィッツは本年カササギ殺人事件』創元推理文庫)が紹介された作家。その最新作が The Word Is Murder です

 

Q.03:あなたが今一番興味を持っている古典作家を教えてください。また、それはなぜですか?

A.03:注目している作家は多いですが、一人挙げるならリチャード・ハルでしょう。多様かつ高度に独自性の高い作品を書いた作家ですね。

※ハルについては『探偵小説の黄金時代』でも、『善意の殺人』や未訳の My Own Murderer などに言及していました。『伯母殺人事件』だけの作家ではありません。

 

Q.04:あなたが過去に編纂したアンソロジーのうち、気に入っているものを教えてください。

A.04:おやおや、随分と変わった質問をするのですね。私はこれまで、「ブリティッシュ・ライブラリー・クライム・クラシックス」に収録したものも含めて37冊のアンソロジーを編纂しました。その中でも英米以外の国で書かれた、他で読むのが難しい短編を集めた Foreign Bodies が気に入っています。

Foreign Bodies には、大阪圭吉「寒の夜晴れ」や甲賀三郎「蜘蛛」などが収録されています。

 

Q.05:「ブリティッシュ・ライブラリー・クライム・クラシックス」の中で、気に入っている作家・作品を教えてください。

A.05:アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』です。素晴らしい作品ですし、今回の叢書に加えるに当たって私の方で新しい解決を書き下ろしたのも印象的でした。

 

Q.06:『探偵小説の黄金時代』を読んだ読者が次に読むべき、クラシックミステリの研究書は何だと思いますか?

A.06:私の The Story of Classic Crime in 100 Books を除くと(笑)、私が編集したドロシー・L・セイヤーズの書評集 Taking Detective Stories Seriously 、それからジュリアン・シモンズの『ブラッディ・マーダー』(新潮社)が優れています。

The Story of Classic Crime in 100 Books については、先日序文のサンプルをアップしました。ぜひ翻訳されてほしい本ですね。

 

Q.07:『探偵小説の黄金時代』で取り上げた作家のうち、特に思い入れの強い作家は誰ですか?

A.07:アントニイ・バークリーは、私にとって非常に重要な作家です。彼は精力的かつミステリアスな人物であり、本名/フランシス・アイルズ名義の両方でいくつもの素晴らしい作品を生み出しました。

 

Q.08:あなたは日本のミステリを読んだことはありますか。そのうち印象に残っている作品を教えてください。

A.08:日本のミステリにはいい作品がたくさんありますね。たとえば有栖川有栖『孤島パズル』や、夏樹静子『第三の女』などが思い出されます。その中でのベストは東野圭吾容疑者Xの献身かもしれません。ただ、一冊に絞るのは非常に難しいです。

 

Q.09:あなたの長編作品は残念ながらまだ日本語に翻訳されていませんが(短編はいくつか翻訳されており、雑誌で読むことができます)、読み始めるならばこの一冊というおすすめの作品を教えてください。

A.09:ハリー・デヴリンが主人公のシリーズは、古典的なフーダニットに近いスタイルなので楽しめると思います。特に、 Yesterday’s Papers などはその傾向が強いです。また、1930年を舞台にした単発のスリラー小説 Gallows Court が近日刊行の予定ですが、私自身も出版を心待ちにしています。

※この二作について、本誌でレビューを掲載しました。

 

Q.10:日本のクラシックミステリファンに一言お願いします。

A.10:私は、かねてよりディテクション・クラブの会長として、本格ミステリ作家クラブの皆さんと連絡を取り合うことを楽しんできました。いつの日か日本を訪れたいとも考えています。

私は日本語を読むことができませんが、密室の謎に関する素晴らしいイラストの本を持っています(訳者注:有栖川有栖の密室大図鑑』)。残念ながら文章の意味は分からないのですが、それでもなおとても楽しむことができました。

私は世界中のミステリ作家、ミステリファンが繋がりを持つことができれば素晴らしいと考えており、日本の皆さんとお話しする機会を持つことにも大変興味を持っています。私はこれからも日本のミステリを楽しく読み続けることでしょう。そしていつか、私の作品が日本語に翻訳されることを祈念して已みません。

エドワーズと、本格ミステリ作家クラブの関係については、芦辺拓「マーティン・エドワーズ氏の印象」を参照のこと。

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫)

 
善意の殺人 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

善意の殺人 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

 
Foreign Bodies (English Edition)

Foreign Bodies (English Edition)

 
The Poisoned Chocolates Case (British Library Crime Classics) (English Edition)

The Poisoned Chocolates Case (British Library Crime Classics) (English Edition)

 
ブラッディ・マーダー―探偵小説から犯罪小説への歴史

ブラッディ・マーダー―探偵小説から犯罪小説への歴史

 
孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

孤島パズル (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 
有栖川有栖の密室大図鑑 (新潮文庫)

有栖川有栖の密室大図鑑 (新潮文庫)

 

第27回文学フリマ東京 ミステリ評論島の脅威

第27回文学フリマ東京も明後日に迫る今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

2階キ-27にてお待ちする予定の「Re-ClaM編集部」ではございますが、なんというか「これもう全然売れないんじゃないか」というマタニティブルーに悩まされているのが現状でございます。なにしろ両隣は「花嫁と仮髪 大阪圭吉単行本未収録作品集1」という超絶キラーコンテンツを有する「書肆盛林堂」様と、「季刊 島田商事」の目次が明らかにされても何がやりたいのかよく分からないが、なんとなく売れそうな感じがする雰囲気ミステリ評論(はやってない)サークル「シマダ商事」様な訳で……

「今回の文学フリマはミステリ評論島が熱い!」ともっぱらの評判ですが、実際チェックしてみると翻訳絡みだけでも既に二大巨頭が立ち上がっています。

ひえ~、1904年から05年にかけて雑誌に連載された「インドのホームズ」の短篇集が出るだって?!(もちろん本邦未紹介)ワッザ!

 モーリス・ルヴェルのオリジナル短編集が出るだって?!しかも「敢えて」田中早苗訳にテイストを近づけるように翻訳を調整しただって?!ワッザ!

各大学サークルさんも新刊を出すみたいだし、今回が初参加というサークル(いずれもワセダミステリ・クラブ出身だそうです)も二つ。(KSDは宣伝ツイートがない)

ジャンルは「文芸批評」ですが、見逃せないのが「二松学舎大学山口ゼミナール」(キ-17)さん。目次の充実度は圧巻の一言ですが、ツイートにサークル位置を載せないのは商売気がなさすぎやしませんかね。

今回の『新青年』研究会さんは増刊号ということで控えめ(来春が楽しみ)。

エディション・プヒプヒさんがキャンセルしてしまわれたのは大変残念。まあ、12月にレオ・ペルッツ『どこに転がってくの、林檎ちゃん』がちくま文庫で出ますから、そちらを楽しみにすることにしましょう。

他、「ウ」方面のミステリ創作島では大学サークル他が多数出店していますし、今回の文学フリマが大いに賑わうことは疑いなしでしょう。

これらの中で気に入った本があれば、ぜひ文学フリマに御参加下さい。そして、ついでに私の本も買っていってください。こちらの宣伝については、また明日。

 

本を読んだら書く日記20181117|松本清張『花実のない森』

ついに本を買っていない日の日記を書く……と言いたいところだが、また買ってしまっている。自重したい。

土曜日と日曜日は朝一からの仕事で、しかも途中の休みも全然ないので、まったく本を読めなかった。唯一本を読んだのは土曜の朝一くらいだった。今日の本はそれですね。延々仕事仕事、しかも肉体労働頭脳労働というより足でウロウロするのが仕事(もうちょっとましな言い方はないのか)なので、疲労感が半端ではなかった。

土曜は少しましだったので、ブックオフへ。この日程のこの時間では(ある事情につき)何もないだろうと思っていたが、大きなネタにぶち当たってしまった。

イーサン・ケイニン『宮殿泥棒』(文春文庫)

カール・ハイアセン『顔を返せ 上下』(角川文庫)d

カール・ハイアセン『ストリップ・ティーズ 上下』(扶桑社ミステリー)d

カール・ハイアセン『虚しき楽園 上下』(扶桑社ミステリー)d

ということで、ハイアセンラッシュである。まとめてみることの少ない作家なので、驚いて108円の本は一通りダブりで拾ってしまった。この中だと『虚しき楽園』は何年か前に読んだような……ハイアセンは好きだが、初期作はあまり手を付けていないので、そのうち読もうと思う。フロリダ半島のトンデモない連中がトンデモない大騒ぎを巻き起こす痛快コメディだが、作品の軸になっているのは、元新聞記者の作者の怒り。愛するフロリダ半島とそこの人々を食い物にする「ネズミー・ワールド」(僕はまだ命が惜しい)や悪い奴らを笑いのめしながらボッコボコにしてしまう作風は、癖はものすごく強いが個人的には大好物。

 

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松本清張『花実のない森』(光文社文庫を読んだ。

去年新本格30周年」に対抗して新本格60周年」と題し松本清張の読書会をやったのだが、その際に参考図書として買いまくった100円の松本清張が収納の一大勢力になっているので、少しずつでも処分したいと手を付けた次第。代表作と言われることはない本だろうが、なかなか面白く読めた。

主人公の梅木隆介は変わりない日々の生活に倦んでいた。買ったばかりの車でのドライブ帰りに中年の冴えない男と美女の妙なカップルを乗せたことで彼は事件に巻き込まれていく。名も知らぬ美女の行方を追ううちに、彼は彼女が上流階級に連なる存在であることを知る。関係者を探る彼は、箱根の旅館近くで中年男が謎の怪死を遂げたことを知らされ驚愕する。

ストーカー男梅木の執念の追跡行を描く物語である。普通のサラリーマンである梅木が、「自分でも判然としない理由で」会社帰りに一軒一軒高級マンションを巡って彼女が出てこないか探ったり、恋人である女給の真弓に命じてホテルのメイドとして張込みをさせたりする(彼女は翻訳ミステリのファンだという設定がある)のは完全に異常だが、とりあえず作中それが問題になることは(あまり)ない。主人公が刑事や探偵ではないという倫理的に重要な点を除けば非常に丁寧な捜査小説で、「岩」という切符の切れ端を見て「これは岩国だ!」と瞬時に看破する以外は論理の不用意な飛躍もなく、お行儀のいい小品である。主人公がストーカーであるという点に目をつぶれば……

いや、目を背けてはいけない。本作はなかなか優れたストーカー小説なのだ。名前も知らない、妖しげな雰囲気を漂わせた美女を追うストーカーの、内面を彫り込むことなく行動のみでその異常さを匂わせていく清張の上手さには舌を巻く。それにしても、この作品は「婦人画報」に連載していたそうなのだが……問題にならなかったんですかね。

本作が映画やドラマになっていることは知らなかった(梅木は東山紀之だったそうな)。確かによく「松本清張ドラマ」ってやっているイメージだが、うちにはテレビを置いていないので特に最近のものについては詳しくは知らない。

 

本を読んだら書く日記20181116|島田荘司『切り裂きジャック・百年の孤独』

昨日twitterなどでも書いた通り、「Re-ClaM Vol.1」の印刷が仕上がったので盛林堂書房に取りに行った。ほぼ同時に到着したという大阪圭吉『花嫁と仮髪』(いかに大阪圭吉が人気作家とは言え、商業ではとても出来ない領域を商業並の規模でやってるド偉い仕事……まあ商業(論創社・戎光祥あたりか、万が一やるとしたら)がそこまでの極小規模でやっているという意味でもあるのだが)を献本いただく。ありがたい限り。文フリ前に感想を上げて宣伝しようかな。さらに、「ROM s-002」も届いていたので受け取ってしまう(実は昨日の昼時点で自宅に一冊届いていたという罠が)。こちらも文フリのブースで委託販売を行いますので、ROM会員ではないが欲しいという人は是非お求めください。

 

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島田荘司切り裂きジャック百年の孤独』(集英社文庫を読んだ。あらすじは表4を引用する。

初秋のベルリンを恐怖のどん底に叩きこんだ娼婦連続猟奇殺人・喉笛を掻き切り、腹を裂き、内臓を手掴みで引き出す陰惨な手口は、19世紀末ロンドンを震撼させた高名な迷宮入り事件――切り裂きジャック事件と酷似していた。市民の異様な関心と興奮がつのる一方で、捜査は難航をきわめた。やがて奇妙な人物が捜査線上に現れた…。百年の時を隔てた二つの事件を完全解明する長編ミステリー。

19世紀末のロンドンと、百年後の西ベルリンとを対比させながら都市の姿を描きつつ、その中で流行する病理としての切り裂きジャック熱狂<フィーバー>」を明らかにしていく、社会学的実験の要素も併せ持つ短い長編。「皮膚」である都市の表層を切り裂いて、「内臓」である本質を凌辱する「ジャック」の所業が島荘の脳髄を刺激したものだろうか。いささか説明的な描写が多く、怪しげな「ミステリ・クリーン氏」が現在と過去の「切り裂きジャック」の謎をファンタジックな切り口から解き明かすシークエンスに移った瞬間の違和感はかなり大きい。

本作で描かれる異様な動機については、正直議論の余地がある(特に過去の「ジャック」については「何の根拠もないことをよくもまあ「当然の事実」のように手玉に取れるもんだ」と呆れる部分もある、それがまた島田荘司の魅力ではある訳だが)。しかし、深町眞理子の解説(の末尾)に辿りついた瞬間、すべての「ファンタジック」という感想がぶっ飛んでしまう。なるほど、これが島田荘司のやりたかったことか、と。この作品はある意味で、「×××× vs. ××××××・××××」だったのだ、と理解できた瞬間に、すべての不満は意味を為さなくなる。やられたね。そのためこの本は、深町解説アリの版でお読みになることをオススメします。(文春文庫がどうなのかは調べてないです)

 

切リ裂きジャック・百年の孤独 (集英社文庫)

切リ裂きジャック・百年の孤独 (集英社文庫)

 

Re-ClaM Vol.1 サンプル② [翻訳] Martin Edwards "Introduction"

deep-place.hatenablog.com

11/25の第27回文学フリマ東京で頒布予定の翻訳ミステリ評論誌「Re-ClaM Vol.1」について、第二回目の本文サンプル紹介を行いたいと思います。今回は、マーティン・エドワーズが『探偵小説の黄金時代』(2015)に続いて世に問うたミステリ評論本 The Story of Classic Crime in 100 Books (2017) の "Introduction" より、前半3分の1を公開いたします。エドワーズの熱烈なクラシック・ミステリ愛を、しかし静かに語りだす名序文であると思います。こちらもぜひ翻訳が出ることを期待しています。

 

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序文

 

本書において私は、20世紀の前半に刊行された犯罪小説についてお話ししたいと考えている。犯罪小説とは、読者の意表を突く物語である。この広く愛されたジャンルの多様性は息をのむほどで、それは多くの評者が示してきたものよりもさらに深い。このことを提示するため、私は100冊の本を事例として選び出した。それらの本は、あの時代に最も人気があったジャンル・フィクションの到達点であり、時に限界をも示すだろう。探偵小説の第一義は読者を楽しませることだが、それは同時に人間の在り様に光を投げかけ、文学的な野心や完成度をも表現し得る。また、現代の数多くの読者が古典的な犯罪小説を受容し続けている理由についても考える必要があるだろう。経済的な理由で書かれたと率直に言われている気取りのない探偵小説でさえも、現代の読者に過去を知るための手がかりを、そしてその不完全さゆえに未だに魅力的であり続けている、既に消え去ってしまった世界への洞察を与えてくれる。

本書は、国際的に評価を受けている「ブリティッシュ・ライブラリー・クライム・クラシックス」の副読本として読者に供されることを企図している。このシリーズで復刻された長く忘れられていた作品群は新たな読者層を獲得した。いくつかの作品はベストセラーランキングにも登場し、高い評価を受けている現代のスリラー小説にも匹敵する売り上げを叩き出している。過ぎ去った時代へのノスタルジーはその売り上げの一因かもしれない。しかし、これらの作品が、イギリスのみならずアメリカ合衆国、そして世界中で受け入れられたその主因をこの点に求めるのは正しいことではないように思える。この成功の理由は、ツイストの利いたプロットを軸に描かれるこれらの読んで楽しい小説が読者を驚かせ満足させたことに求めるべきだろう。

ところで、「クラシック・クライム」という用語を我々はどのように定義するべきなのだろうか。この用語は、古いミステリに再び命を与えようとした版元によって、長年の間繰り返し用いられてきた。しかし現代までに、これらの取り組みのほとんどが潰え、注目を集めることは少なくなった。しかし、出版における流行もまた、他の物事と同じように移り変わる。「ブリティッシュ・ライブラリー・クライム・クラシックス」、そしてそれに続く版元の出版活動によって、読者は以前には見つけ出すことが難しく、またついに見つけたとしても手の届かない値段であった、古めかしい探偵小説を何十冊でも容易に手に入れることができるようになった。

本当のところ、「クライム・クラシック」とは、「ヴィンテージ・クライム」と同じように、広範な意味を許容する用語である。この簡易なラベリングは作品の文学的な質を保証するものではないし、物語の中にパズルが含まれていることはこのジャンルの際立った特徴という訳でもない。しかし、ある本を「クライム・クラシック」の名で呼ぶ利点としては、遠い昔に書かれたという事実以上の価値を読者に確かに提供してくれること、そして何十年もの間に積み上がった曖昧さを削り取ってくれるかもしれないということである。この特別な何かとは、筋立て、登場人物、舞台設定、ユーモア、社会的または歴史的な特性、あるいはそれらを混ぜ合わせた物を指すことだろう。犯罪小説とは門戸が広く開かれた教会であり、その広さは世界に対してもアピールし得るものなのだ。

さてこの本において、私は「クラシックな」犯罪小説という用語を1901年から1950年までの間に刊行された長編小説、また短編小説集―何らかの理由で現代の探偵小説愛好者にとって特別な興味を惹き付け得ると思えるような作品―を指す物として定義する。「ブリティッシュ・ライブラリー・クライム・クラシックス」は、実際にはもう少し広いスパンでこの用語を捉えているが、上記の目的を果たす上では20世紀の上半期に視線を据えるというのは意味のあることだろう。ブリティッシュ・ライブラリーは古典的なスリラーのシリーズも刊行しているが、今回は特に犯罪小説(この中には多くの推理小説が含まれるが、いくつかの作品では推理を物語の中心に据えることをしていない)に注力したい。「推理小説」と「犯罪小説」、あるいは「犯罪小説」と「スリラー」の違いについての議論を始めるときっと永遠に終わらないだろうが、この本においてはこういった厳密な用語の定義には拘らないつもりだ。純粋主義者のいくらかは苦い顔をするかもしれないが、「ミステリ」という用語を必要に応じて「犯罪小説」の代わりに用いることにする。犯罪小説作家としての変名が良く知られているならば、本名の代わりにこれらを優先的に用いる。「クライム・クラシック」の中には複数のタイトルで刊行されたものもあるが、より状況に適したものを私の方で選んで用いることにした。こういった些細な点を重んじ過ぎることによって、全体を概観する目的から外れてしまっては元も子もない。

本を選定するにあたっては、ジャンルの発展の歴史を表現しようという私の目的に適う作品を優先的に取り上げた。また、謎の解明に直結するようなネタバレは可能な範囲で避けるようにしている。推理小説作家としてもよく知られたアカデミシャン、マイケル・イネスはロンドン・レビュー・オブ・ブックスの1983年5月号でこう書いている。「(推理小説を表しようと思うならば)構造的に、物語の核心を暴き立てることでしか批判的な議論をすることはできない。」 しかし、私はこの考え方には与しない。私と同様多くの読者もまた、驚きの機会を損失することを好まないであろうから。

この項目について私が強調したいのは、「昔の探偵小説」にもっと気軽に興味を持ってもらいたい、そのために広報活動をしていきたいと考えているということだ。私がこの本を書き始めた時に考えていたのは、このジャンルの作品を手広く読んでいるマニアの方々だけではなく、むしろこのジャンルに不案内な人にこれらの本のこと(そしていくつかのトリビア)を知ってもらうことでその入り口を提供したいということだった。古典的な犯罪小説を楽しむ人は新しい発見をこそ好むものだし、そういう人たちがこの本をきっかけに新たな作品に巡り合えたなら、それは個人的にも好ましい。

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続きはぜひ、本書をお買い上げの上お読みください。もちろん、原書をお買い上げいただき、序文から本文へと進まれるのはさらに望ましいことです。ぜひどうぞ。

 

The Story of Classic Crime in 100 Books

The Story of Classic Crime in 100 Books

 

本を読んだら書く日記20181114|マーティン・エドワーズ『探偵小説の黄金時代』途中

次第に「本を買ったら書く日記」になっているような……

振替休日のため、朝からだらだらと過ごしてしまう。マーティン・エドワーズ『探偵小説の黄金時代』を読んでいたはずだが、うとうととして寝落ち。気が付くと12時という体たらく。早稲田の青空古本市に行くつもりだったような気がしたが、思うところあって上石神井へ。先日行った時にはチキンカレーが品切れだった「analog.」さんで、チキンカレーとジャパンカレーのあいがけをいただく(主目的)。もちろん美味しいのだが、チキンよりもジャパンの方が好みでしたね。。。

ついでにブックオフ。とはいえ、特に買うものも見つけられず。何も買わずに出るのは業腹なので、取り急ぎこんな本を確保。なぜ新刊時に買わなかったのか……

ジョン・コリア『予期せぬ結末1 ミッドナイト・ブルー』(扶桑社ミステリー)

それにしても、ブックオフで「将太の寿司」を見かけなくなった。twitter上のブームは一過性のものでなく本物なのかもしれんぞぉ?(いや、どう考えても一過性だが)

帰りはテクテク歩いていくことにする。徒歩1時間ほど。帰り道にまったく古本屋がない(知らない)ので、上井草でサンライズのビルを眺めたりする虚無的な徒歩旅行となったが、たまには悪くない。気になる寿司屋など見かけたので、次はこの店に行ってみたい。

古本ツアー・イン・ジャパンのサイトで知っていた鷺宮の古本屋「うつぎ書房」が開いていたので、初めて入店。「開いていた」といっても、16時過ぎの既に薄暗い時間にもかかわらず明かりはついておらず、店頭の均一が出ていたので判断できたレベルだが。「お前入ってくるなよ」オーラを露骨に醸す店主のお爺さんに「すいません、見るだけ見たら出ていきますから……」とテレパシーを飛ばしつつパッと見ていく。う~~~~ん、買うものがない。翻訳ミステリは絶無でした。

くさくさしたので、近場の町の古本屋さんで均一をピックアップ。網羅的な蔵書リストを作ったことで、ダブり本を引く可能性が激減したので、気楽に本が買えますね。(え?)

天藤真『鈍い球音』(創元推理文庫

北森鴻『緋友禅』(文春文庫)

天藤真は実家にあるはずだけど、今読む用のつもりです。つもり貯本。

 

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昨日twitterで書いた『探偵小説の黄金時代』の二箇所の誤訳について。間違いの内容と想定される経緯、その他諸々を以下に書き留めておく。なお、邦訳書では、140ページ前後が該当箇所となる。

1. Martin Edwards, The Golden Age of Murder, 2015 の第11章 Wistful Plans for Killing off Wives で、エドワーズはバークリーの中編のタイトルを "The Mystery of Horne's Corpse" と記した。これは正しくは "The Mystery of Horne's Copse" である。(典拠は、ロビンソンのビブリオおよび「補足2」で示したアンソロジー収録の実作の2点)

訳者は上記の誤植に気づかなかったようで、正しくは「ホーンの森の謎」と訳すべきであった箇所を「ホーンの死体の謎」と誤訳してしまった。(copse は、「雑木林」程度の小さな森を指す)

2. エドワーズは同中編にピーターズという detective が登場することを指摘。この名前は、A・D・ピーターズという彼の文芸エージェントにして、二番目の妻ヘレンの前夫から取ったものであるとエドワーズは書いている。

訳者はこの detective という単語を「探偵」と訳したが、本作はシェリンガムが探偵役を務める作品で、ピーターズは結末付近で紹介される「刑事」の一人にすぎない。これは実作を確認していれば防げた誤訳である。

補足1:ちなみに本作は、ロンドン近郊の領地に小さな屋敷を構える小貴族ヒュー・チャペルが、森の中で何度も「同一人の死体」を発見したと報告して正気を疑われるという物語であり、シェリンガムはチャペル家をめぐる邪悪なトリックを打破する。件のピーターズは、無実にもかかわらず殺人の容疑者となったチャペルが、シェリンガムの依頼で許嫁とともにイタリアに渡って証拠を探す際の護衛兼見張りとして、密かに尾行していた人物である。

1931年に地方新聞に連載され、近年再発見されたこの中編は、「自分の私生活を小説に仮託する男」というエドワーズが提示したバークリー像が非常によく表れた作品とも読める。シェリンガムの学友の一人だというチャペルは自身の理想の姿かもしれない。若く美しく勝気な許嫁シルヴィアはA・D・ピーターズの妻ヘレンかもしれない。二人の秘密旅行を尾行する刑事はピーターズかもしれない。大学でも軍隊でも不品行により落ちこぼれるいとこのフランクは、「フランシス」という名前からするとこちらも自分自身かもしれない(あるいは「優秀な」弟を貶める目的か?)。とすると、男を食い物にするフランクの妻ジョアンナは前妻マギーかもしれない(ジョアンナは「身持ちの悪い一族の出」と説明される、これは復讐か?)。うへぇ、バークリー本当に気持ち悪いな……

ここまでエドワーズが仔細に説明してくれていれば「誤った解釈」をする可能性もなかったと思うのだが、そこまでの紙幅はなかったらしい、という話。

補足2:なお、 "The Mystery of Horne's Copse" は、エドワーズが編纂した大英図書館のアンソロジー Murder at the Manor (2016) に収録されたので、簡単に読めるようになっている。訳者がこれを読んでくれていれば良かったのだが……是非もないネ?

蛇足:どうでもいいことだが、三門はこの中編を翻訳して「私訳:アントニイ・バークリー短編集」に収録しておりましてね……で、実は訳者の一人である森英俊氏にこの同人誌を進呈したんですよ、今年の春に……まあ、読んでないよなぁ。世界に100人といない入手者の皆様は、ぜひお読みいただければと思いました。

 

探偵小説の黄金時代

探偵小説の黄金時代