深海通信 はてなブログ版

三門優祐のつれづれ社畜読書日記(悪化)

皆川博子全短編を読む 番外編①「フェイク世界史小説」『碧玉紀』を読む

第四回はどうした?という疑問もあるかと思いますが、うっかり番外編をやってみました。

 

皆川博子には未収録の短編が数多くありますが、長編作品にも単行本化されていない作品が一つあります。それが今回ご紹介する『碧玉紀(エメラルド)』です。

この作品は、小学館が季刊で発行していた文藝誌「文藝ポスト」に、1999年夏号から2000年秋号まで全六回に渡って連載されました。執筆順では『死の泉』(1997)の次に当たります。『結ぶ』所収の短編「火蟻」(オール讀物1998年7月号発表)などは、本作を書くための取材旅行で南米を訪れたことがきっかけに書かれた、という話を何かで読んだのですが、どこに書かれたものだったかは、残念ながら思い出せませんでした。

同時期に連載されていた作品には、火坂雅志蒼き海狼』、貫井徳郎空白の叫び』、池井戸潤最終退行』などがあります。これらの作品は連載後ほどなくして単行本化されているのですが、『碧玉紀』はなぜか単行本化されないまま埋もれてしまいました。最終回には「『碧玉紀』は本紙連載を大幅な増補の上で単行本として皆様の前に姿を現します。しばしのお待ちを!!」とあり、単行本化の予定はあったようですが……ちなみにこれも同じく連載されていた作品に山田正紀ハムレットの密室』があります。山田ファンの方はご存知かと思いますが、実はこれも単行本化されないままになっている作品として有名です。

この作品を今読もうと考えると、「文藝ポスト」を古本屋で一冊ずつ買い求めるか、あるいは国会図書館に収蔵されているものを読むか、のいずれかになります。前者は正直現実的ではないので、今回は国会図書館で全ページをコピーし、それをスキャンしたデータをひたすら読みました。分量は、A5サイズの1ページに三段組で印刷されたものが400枚。1ページ1000文字くらい、挿絵のページもありますので、一概には言えませんが、400字詰め原稿用紙で1200枚くらいでしょうか。

 

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さて本筋。

最初の「罌粟」の物語は、1944年6月6日、ノルマンディー上陸作戦がまさに決行されている当日、ドーバー海峡を見下ろせる丘が舞台となっています。このシーンではPK(ナチスドイツの宣伝中隊)の服をまとった隻眼の男が、重傷を負ったヒトラー・ユーゲントの少年兵と出会い、元映画館と思われる廃屋で治療を施しながら、フランス映画やアメリカ映画について語りあうという内容です。

ところが次の章は「」。「罌粟」の物語とは遠く離れた地南米の「神聖ゲルマニア帝国」、その中にある「ヴァチカン公国」を舞台に進行します。この「帝国」は20世紀末から21世紀にかけて、イスラム勢力がヨーロッパへの進出を果たし、英国(「大英共和国」)を除くほぼすべての国を支配した時に、それに対抗する形で南米に成立したナチスドイツを精神的基盤とする国家、という設定になっています。まさかの遠未来、まさかのSF。

「砂」の物語は、①「ヴァチカン公国」の教皇の視点と、②「大英共和国」からやってきたフリージャーナリスト、ジョン・マッキンタイアの手記の二つから主に描かれていきます。神の意志の元抹殺しなければならないと伝えられている「少年」が旧大陸で確保されたこと、ジャングルの奥地に住むという「タマゴ女」が下流に流れ着いたこと、宮殿内部に秘された牢獄に捕えられた「隻眼の男」の存在、またマッキンタイアが出会う奇妙な人々など、物語のキーになるものは、第一回で次々に提示されていきます。

罌粟」「砂」、この二つの物語が交互に語られていくなかで、「薔薇」「百合」「葡萄」の物語が次々に始まっていきます。「薔薇」は、ペスト禍に苦しむ14世紀のドイツのゲットーで展開され、「百合」は、アルビジョア十字軍をはじめとする異端狩りが猛威を振るった12世紀ヨーロッパを縦断し、そして「葡萄」は、1930年代と70年代のドイツでの映画製作が描かれます。いずれの時代にも現れ、子供を助け、護り、そして時には殺す「ヘル・シュトゥルム(嵐)」こと隻眼の男の存在は、最大の謎として残り続けます。時を超え大陸を超え登場する彼はいったい何者なのか?

 

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『碧玉紀』の物語の本線はここまでも書いてきたように、隻眼の男と彼の傍らに常にある少年の秘密を描き出すことをテーマにしています。しかし、本作は「フェイク世界史小説」(第一回の煽り)を自任する作品であり、単なる「歴史奇想伝奇小説」として受け取ることはできません。

本作を特異たらしめている最大の要素が「映画」です。

歳月は、捕えようもなく消える」/「ニュース映画は、<時>をフィルムに定着する。<時>は一方向に流れるのを強制的に中止させられ、停滞し、逆行する。フィルムに定着するということは、<時>を手に入れるということだ。従順に飼い馴らし、自由にあやつることだ。映画というものが発明されるまでは、<時>は、失われるものであり、私の眼底にあるものは、私ひとりの所有物であり、他に伝達することは不可能だった」(第3回、「葡萄Ⅰ」より)

そう語る「ヘル・シュトゥルム」は、作者の本作にかける哲学の代弁者と言えるでしょう。

冒頭「罌粟」に登場する「エメラルド」というフィルムが登場しますが、これは「葡萄Ⅱ」(70年代ドイツ)で作成されていた(が謎の失踪を遂げた)「はず」の映画の一部です。対して「砂」では、「隻眼の男」が所有していたというフィルムの断片が「抹殺すべき少年」を指し示す証拠として利用されますが、しかしこれまた「葡萄Ⅱ」の物語で焼失した「はず」のスナッフ・ムービーの一片と思われます。

なぜこのようなことが起こるのか、あるいは「なぜこのようなことを作劇上起こさなければならない」のか? それは、ぜひ本作を読んで確かめていただきたいと思います。

 

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と、ここまで非常に理屈っぽく書いてきましたが、本作はもちろん皆川博子ファンにとって最高に楽しめるものに仕上がっています。折々に繰り広げられる「少年たち」と隻眼の男の掛け合い、死を賭して闘う男たち、そしてまた別次元の戦いを繰り広げる女たちの美しさ、熱帯幻想と薬物による幻視が入り乱れる描写の数々……皆川博子だけが書き得る世界の濃密なエッセンスを、しかも大量に摂取させられ、酩酊させられることは間違いありません。各話それなり以上の分量があるとはいえ、オムニバス形式に近いので飽きることもありません(その点、個人的に高く評価している『伯林蠟人形館』に近いともいえます)。

 

ごく個人的な感想ですが、皆川博子の最良作にも伍す非常に先鋭的な作品だと思いました。15年間寝かされたままの作品が、本当に増補されて刊行されることがありうるのか。それは誰にも分かりませんが、より多くの皆川ファンに読まれる時が来ることを祈りつつ、本稿を閉じたいと思います。

もしこの文章を読んで本作に興味を持った人がいれば、ぜひ国会図書館に読みに行ってみてください。ただし、コピーをしようと思うと、それだけで一日がかりの仕事になるかもしれません。ご覚悟を。

皆川博子全短編を読む 第3回

 3回目にして、早くも二か月ほどスパンが空いてしまいましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか(テンプレ)。

 さて前回は、『水底の祭り』『薔薇の血を流して』の二短編集を中心に、皆川博子のさらに深く、濃い「行きてのち戻れぬ世界」を紹介させていただきました。

 さて、第3回の内容に入っていく前に、まず見ていただきたいのが、皆川博子初期短編集の出版のタイミングです。

 

○『トマト・ゲーム』: 1974年3月刊(講談社

○『水底の祭り』:1976年6月刊(文藝春秋

○『祝婚歌』:1977年5月刊(立風書房

○『薔薇の血を流して』:1977年12月刊(講談社

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○『愛と髑髏と』:1985年1月刊(光風社出版)

 

 4年間で4冊短編集を出した作家が、7年間短編集を出さない(しかもその間70編近くの短編を雑誌に掲載していたにもかかわらず)ということがまかり通ってしまったのは驚くべきことです。しかしその間も、皆川博子の秘めたる闇は深く静かに広がっていたのでした。その契機となる時期について、今回見ていきたいと思います。

 

  1. アイデースの館」 初出:小説現代1976年2月号 『トマト・ゲーム』収録

 前回取りあげた「遠い炎」同様、後に『トマト・ゲーム』文庫版に増補された作品です。人間の死をそのままに写し取った「デスマスク」を巡る旅の果てに辿りついた事実、30年前から消えることなく燻った情熱と怒り、そして蔓延する欺瞞を描いた作品です。とはいえ、個人的にはそのテーマそのものよりもむしろ、デスマスクに魅せられた男が抱く、デスマスクを被っては自分の顔がそれに似ていくという、もはやどこにも向かわない虚無的な妄想が、実は最初からその燠火ににじり寄るものであったという因果話にこそ面白さを感じました。

 

  1. 祝婚歌」 初出:別冊問題小説1976年4月号 『祝婚歌』収録

  前回絶賛した「魔術師の指」と後に『トマト・ゲーム』文庫版に収録された「遠い炎」を含めて5編を収録した『祝婚歌』は、その入手困難さにも関わらず、皆川博子の初期短編の中でも美味しいところを集成した高品質の短編集です。現在では『皆川博子コレクション3』に『冬の雅歌』(これまた超入手困難ながら初期を代表する傑作長編です)とカップリングで収められているので、ごく容易に読むことができます(「疫病船」は『悦楽園』などの短編集で読めます)。

 さて、本作の主人公の女性は、週六日大物劇画作家の背景書きをしてサラリーを稼ぎつつ、自宅でのエッチング制作を趣味としています。突然訪ねてきた若い情人と彼女が会話するうちに心を行き交ったことを描いたのが本作です。交わされる浅く適当な会話と裏腹に描かれる彼女の荒廃した虚無的な精神は、前回紹介した「黒と白の遺書」のエダが成長(?)したものであるかのよう。愛ゆえに人を傷つけることを厭わないエゴイズムに吐き気を催さざるを得ない、またも非常にアモラルな作品です。

 

  1. まどろみの檻」 初出:小説現代1976年4月号 『悦楽園』収録

  何を見るでもないのに、ただこちらに目を向ける女。ある意味では無関係、ある意味では不気味な存在である彼女についての、体育教師の妄想を延々と綴った作品です。彼女を見、彼女を知ったことによってまるで妄念の檻に閉じ込められたかのように、彼女の身の上を想像し、いつしか彼女を殺人者として規定していく男。その歪んだ論理によって組み上げられた「真実」をどこまで信じるか? 読み込むうちに読者もまた檻に閉じ込められたような閉塞感を覚えてしまう作品です。

 

  1. 疫病船」 初出:問題小説1976年6月号 『祝婚歌』→『悦楽園』収録

  自分の母親を殺そうとした女。なぜそんなことをしなければならなかったのか。その動機に肉薄する弁護士が辿りついたのは、戦後間もない時期に起こった痛ましい事件でした。しかし彼女たちの物語を解きほぐすうちに、いつしか彼は自分を主人公とした、憂鬱で一種苦痛でさえある現実の物語に直面し……「疫病船」というモチーフに見える怒り・哀しみ・そして保身の入り混じった感情によってまず読者を打ちのめし、しかるのち主人公のぽつりと漏らした言葉によって何もかもの終わりを予感させる。極めて緊密に構成された傑作短編です。なお、『皆川博子作品精華 迷宮』にも収録されています。

 

  1. 風狩り人」 初出:小説現代1976年6月号 『悦楽園』収録

  「少女は風を撃った」という末尾の文が極めて印象的な作品です。父親のありやなしやの愛の所在を巡るある意味で子供じみた憎悪が、不気味に作品全体の通奏低音となっています。

 個人的に気になったのは、松戸の精神病院で働いているという「江馬章吾」という主要登場人物でした。精神病院と江馬という姓にアンダーラインを引いておくと、その延長線上に現出するのは長編『冬の雅歌』です。78年11月刊の長編と76年6月発表の短編に、いかなる関係が見出し得るか……江馬とその親類である女性の再会が物語の引き鉄になっていく部分? そうかも知れません。「精神病院」というモチーフは皆川の初期短編に頻出しますが、この「江馬」という姓と精神病院の繋がりになんらか意味があったのか?と、とりあえず一つ解けないかもしれない謎々を提示しておきます。

 

  1. 黄泉の女」 初出:別冊小説新潮1976年夏号 『ペガサスの挽歌』収録

  浮気相手に夫を奪われた女が抱く被害妄想と加害妄想とで全編が占められた、もう徹底的に妄想した作品です。

 さて、この物語には二度の転調があります。一度目は、女が浮気相手の子供を誘拐するシーンです。もはや自分の手の届かない物を当然のように享受している相手への憎悪がいたいけな子供に向けられる、というだけでその行為のむごさに慄然としますが、重要なのは主人公が原則何もしないということ。彼女は、誘拐してきた子供を持て余すままにひたすら憎悪の妄想を研いでいきます。その虚しい憎悪を昇華して、醜悪で冷たいものへと転化させる第二の転調……中盤ややダレるのが残念ですが、テーマ的に已む無しか。

 

  1. 花冠と氷の剣」 初出:小説現代1976年8月号 『トマト・ゲーム』収録

  文庫版『トマト・ゲーム』に収録された作品では、これが最も新しい短編になります。それにしても「風狩り人」からの「子供の残酷さ」を描く内容はここに頂点を迎えてしまいました(これまで書かなかった隠しテーマ)。なお、後年多くの作品で実験されていくことになる、「渦巻く妄念が主人公を引きずり込んでいくという内容」を、「冒頭と末尾を、因と果とを接続して読者を物語の檻に閉じ込めるという文学的トリック」によって描くという手法を、より意識的に使い始めたのはこの作品かもしれません。

 

  1. 幻獄」 初出:週刊文春1976年8月号 『巫子』収録

  「始めから終わりまでベッドを一度も降りない官能小説」というテーマで競作を行った時の作品です。ところが、濃厚なポルノを期待した編集の意図からはおそらく外れ、「ドラッグによって引き起こされた妄想」をテーマにした作品へと生まれ変わってしまいました。どこまでが現実で、どこからが妄想なのかは分かりやすいですが、しかしどこまで行っても現実と妄想を隔てる檻からは出られない主人公、いや読者を、静かに描出した結末が秀逸です。

 

  1. 」 初出:カッパまがじん1976年9月号 『ペガサスの挽歌』収録

  電話越しに身をよじりながらの大爆笑をぶつけられたならいかに不愉快か……という、著者自身の思いを乗せたかのような作品。妻を人とも思わぬ、ただ「いるだけ」と感じている夫の思う「不愉快」を煮詰めて、しかしそれを逆にぶちまけられたなら……という結末を超自然的なものとしても読めるように締めるのは、比較的珍しい?

 

  1. 海の耀き」 初出:問題小説1976年11月号 『祝婚歌』収録

  クルージングに出た男と夫婦の三角関係が軋みを上げていく、というストーリーはよくあるものですが、本作を興味深いものにしているポイントが二点あります。一つは、女が趣味とし、後には商売としてしまう「人形作り」。そして、まるで醜い人形を操るかのように人間模様をかき乱す「悪意ともつかぬ悪意」……操る者をなおも操る作者の手際は実に鮮やか。傑作短編集『祝婚歌』の末尾を飾るのにふさわしい良作です。

 

  1. 火の宴」 初出:小説現代1976年11月号 『皆川博子コレクション1』収録

  工芸ガラスの職人の世界を描いた作品です。美しく傲慢な、「紅」のガラスを巧みに使うヒロインの玻津子とガラス工場の跡取り息子の出会い、結婚、そしてそのあとの不毛な生活を描きつつ、そのいずれにも惹かれてしまう素朴な男の呟きによって紡がれた物語は、最終的に悲劇へと転がり落ちていきます。血潮を紅ガラスに譬える描写に、マーガレット・ミラー『狙った獣』の最終段を密かに思い起こしました。

 

  1. スペシャル・メニュー」 初出:小説現代1977年4月号 (単行本未収録)

  さて、今企画初の「単行本未収録短編」となります。ことミステリーで「スペシャル・メニュー」と言えば……つまりアレを指すのは自明ですが、「人口が極端に減少した未来というディストピア」を舞台にすることでもうひとひねりいれています。ディストピア社会を成立させるためのある「工夫」にニヤリとさせられた次の瞬間、ギョッとするような一刺しを入れて即物語を終わらせる。その果断にヒヤリとさせられる掌編です。

 

  1. 花婚式」 初出:カッパまがじん1977年5月号 『皆川博子コレクション1』収録

  失踪した妻を探して夫が辿りついたのは、彼女の兄で現在は寺の住職をしている男だった。妻の抱え込んだ死に向かう衝動は、もつれ切った一族の因果の糸を抱え込んだもので……。「私の影を、魚が食いちぎっていくのよ。白い骨があらわれて……髑髏にぽっかりあいた二つの黒い眼窩が、空の高みを見上げているの……」という妻の独白が本作のすべてかもしれません。虚空へと連なる虚無の絶望、泥中に咲いた一輪の蓮の花を踏み躙るがごとき暴挙……いや、それにしても美坊主ホモとは実にいい物ですね。傑作。

 

  1. 湖畔」 初出:週刊小説1977年5月27日号 『皆川博子コレクション1』収録

  エルサレムガリラヤ湖畔に舞台を設定した作品です。日本ではとても成立しそうもない、でも砂漠地帯ならば、かつてイエスが蘇ったというエルサレムならば起こってしまいそうな殺人事件を描いています。ガリラヤ湖畔と言えば、どうしても1978年の長編『光の廃墟』を思い出します。不正確な記憶では、取材でエルサレムを訪れたというエッセイを読んだような気がするのですが、だとすればまず短編という形でその際の印象を書き留め、さらに別の物語を長編の形にまとめて行ったのでは……と妄想してしまいます。

 

 ということで、短編14編でした。冒頭にも書いたとおり、この時期の皆川博子はオリジナル短編集刊行の機に恵まれず、短編を雑誌に書いたらそれっきりという状態にあったようです。それを90年代以降、日下三蔵氏や東雅夫氏が、『悦楽園』『鳥少年』『巫子』『皆川博子作品精華』『皆川博子コレクション』などの形でまとめ直してくださったおかげで今読める。そのことに感謝しつつ、本稿を閉じたいと思います。

 次回は今回と同じく、まとめ直し短編集の収録作品(特に『鳥少年』)を中心に読んでいきたいと思います。具体的には「火焔樹の下で」(1977年8月)から「滝姫」(1979年1月)までとなる予定です。それほど時間を開けずにお届けできればと考えていますがどうなることやら。期待せずお待ちください。

公式ブログは死なぬ、何度でも蘇るさ

直前になっての告知も何もあったものではありませんが、アントニイ・バークリー書評集製作委員会は、来る5/1(日)の第22回文学フリマ東京に新刊を手に参加いたします。

そう、『アントニイ・バークリー書評集 第4巻』です。

 

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赤い、マジ赤い。

 

第4巻は、第3巻の「英国女性ミステリ作家」編に続く「英国男性ミステリ作家」編の第一弾となっております。第二弾は……きっと秋に出ると信じてください。

上巻には、1956年末から1962年末までの約6年分を収録しました。数えると作品数的には140を超え、第3巻と比べても遜色のない内容になっています。英国男性ミステリと言っても、そのジャンルは様々。ガチガチの謎解きミステリからユーモアミステリ、犯罪心理小説に警察小説。いわば「スパイスリラー以外全部入り」の巻となっております。

クロフツジョン・ロードなどの巨匠たちが次々消えていく中、次から次へと登場する新人作家たちに目が離せない。60年代英国ミステリはD・M・ディヴァインだけじゃないんだ、こんなにも未訳の作品があるんだということがひしひしと伝わってくる内容に、私も思わず何冊かkindle版を購入してしまいました。いや~便利な世の中だ。きっとみなさんも、amazonでポチリまくること間違いなし。期待してください。

 

サイズは変わらずA5判。ページはやや減の80ページ。値段は据え置き500円、ということで頒布をさせていただきます。

スペースはチ-18だそうで、探偵小説研究会とオカルトグッズ制作サークルに挟まれております。うちの本も、バークリーの降霊をやっているようなものだから、ある意味においてはオカルトグッズと言えるのかもしれませんねえ。

 

最後に、少しだけサンプルを置いておきます。

先日、東京創元社から突如刊行されたコリン・ワトスン『愚者たちの棺』。それをバークリーがいかに評したかを読みとれる部分です。

 

http://bit.ly/1rfp73Z

 

バークリーはワトスンを大変贔屓にしており、それほど数が多い訳ではないとはいえ、1970年までに出た全作品を紹介するに至りました。

その情熱の一欠けらでも、本稿から感じ取っていただければ幸いです。

 

5/1は、東京流通センターのチ-18でお待ちしています。

(Webカタログはこちら https://c.bunfree.net/my/circle/1761/exhibit/5007 )

 

遠くて行かれない、Comic1の方がよほど大事で文フリに行く暇が無い、など様々な事情があるかとは思いますが、当日買えなかった方は、盛林堂書房さんの通販利用がおすすめです。よほどのことが無い限り、ゴールデンウィーク期間中に、お取扱いを始めていただける手はずになっておりますので……

詳細は決まり次第本ブログやtwitterでお知らせいたします!

 

どうぞよろしく、チ-18!

皆川博子全短編を読む 第2回

 2回目にして、早くも二週間ほどスパンが空いてしまいましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 前回は、『トマト・ゲーム』単行本に収録された作品についての解説で終了しました。今回はそれに引き続き、皆川博子の初期短編集収録作品を中心に読んでいきたいと思います。

 なお、『水底の祭り』はなぜかkindle版が発売されているため、入手は非常に容易です。『トマト・ゲーム』に続く皆川博子を味わいたい人にとっては格好の作品集といえるでしょう。

 

  1. 鎖と罠」 初出:別冊文藝春秋1974年3月号 『水底の祭り』収録

 皆川博子講談社以外の出版社の媒体に初めて発表した作品です。これ以前の作品のほとんどでは、中高生(ないしそれを見つめるかつて若者だった「私」)が主人公でしたが、この作品では、旅行ガイドとしてロンドンにやってきた「弟」と、駐在員としてロンドンに住んでいる「兄」、二人のもう若くはない男性同士の確執と駆け引きとが物語の中心に据えられています。エリートの兄と落ちこぼれの弟、ロンドンで出会った二人の対立の根は小学生の頃に遡り……タイトル通りに物語に仕掛けられた「罠」は、兄弟のいずれを殺すのか。最後まで予断を許さぬ作品。

 

  1. 魔術師の指」 初出:別冊小説現代1974年7月号 『皆川博子コレクション3』収録

 魔術師トミー中浦こと中浦富夫と梢恵の関係は、学生時代に入り浸ったジャズ喫茶にまで遡る。喫茶店のマスターに導かれるままに急速に奇術の世界にのめり込んでいった富夫と、シナリオ作家を志望しながらその才能と情熱を燻らせる佐原、対極的な二人の間で梢恵は……そして十数年後の今、再会した彼らは何を思うのか。

 二人の男と一人の女を中心に、女は男の一人と関係を持つ、という設定を作者は繰り返して用いていくことになりますが、その嚆矢と言える作品。田舎の安キャバレーでトミーが奇跡的な一場を演ずるシーンが図抜けて優れています。奇跡を奇跡のままに、魔法を魔法のままに魅せることの難しさは当然ですが、作者はその難行を巧みにこなしています。

 

  1. 試罪の冠」 初出:小説現代1974年8月号 『ペガサスの挽歌』収録

 集合住宅に隣接する公園でその儀式は始まった。少年たちは、教祖的な青年ジャッコを中心に神託を交わし合う。その一方、専業主婦で同時に超現実的な絵画を描く早穂子は、初めての個展を訪れた「少女」律子との観念的、また同性愛的な触れ合いに溺れていく。そしてある日、律子の「夫」を名乗る人物からの電話は律子の死を告げた。

 理解者賛同者を持たぬ「芸術家」早穂子の嘆きに作者本人の懊悩を読みとることも出来そうな作品ですが、むしろ本作の恐怖の核は、律子という登場人物を特徴づける「少女趣味」という言葉にありました。律子はなぜ死ななければならなかったのか、試されるべき罪とは何だったのか。律子の告発が示す狂気は戦慄の一言。『ペガサスの挽歌』に収録されるまで未収録のまま残されていたことに意外を感じざるを得ない傑作です。

 

  1. 巫子」 初出:別冊文藝春秋1974年9月号 『巫子』収録

 後年『巫女の棲む家』(1983)として長編化された作品です。新興宗教のお筆先となって、神託を告げる役割を引き受けさせられた少女の引き裂かれてゆく運命を描いたこの長編と短編は実はかなり大きく違っています。長編版ではいかさま霊媒師の男「倉田」が「私」として語り手を務め、彼の「戦争への復讐」を中心に物語を展開しています。それに対して短編版では霊媒のお筆先「チマ」や医師の娘で新たにお筆先として「覚醒」する「黎子」の関係性や、大人の欲望に歪められていく少女性が物語を駆動しています。物語の密度や完成度、生々しさという点においては、実際には短編版に軍配が上がるのではないかというのが個人的感想です。

 

  1. 紅い弔旗」 初出:小説現代1974年10月号 『水底の祭り』収録

 ロック・ミュージカルをバックグラウンドに、ミュージシャンでまた劇団「海賊船」の中心的なパフォーマーでもある滝田、シナリオライター寒河江、マネージャーの奈々、三人の最早歪み軋みを上げ始めた10年越しの人間関係を物語の中心に据えた作品です。そこに突如登場する中性的な影のある美しさを備えた青年弓雄が、悪意ある人間の歪んだ欲望の捌け口として破壊され、また道具として利用される様は凄絶の一言でした。『悦楽園』や『皆川博子作品精華 迷宮』にも収録された、世評の高い一作です。

 

  1. 鳩の塔」 初出:別冊小説現代1974年10月号 『薔薇の血を流して』収録

 『薔薇の血を流して』という短編集が、ヨーロッパという「非日常」の世界、しかし登場人物たちの過去に不思議と結びついていく世界を舞台にした作品三編を収録していることを、今回初めて読んで知りました。たとえばこの作品では、イエイツの生まれ死んだ国アイルランドの幻想的な風景の中にあっても、主人公の文月がかつて関わった学生闘争と、作中の現在まさに起こっているIRAによる爆弾テロ事件が、「失われた恋人」という結節点で絡まり合っています。狂気の中心に踏み込むまでにやや枚数が多すぎるためか、だぶついている印象が残るのが残念。

 

  1. 地獄の猟犬」 初出:別冊小説宝石1974年12月号 『皆川博子コレクション1』収録

 ロック・バンド「ヘル・ハウンド」を率いるテツとバード、そして「わたし」を中心にバンドが生まれ成長し、そして死の危機に瀕するまでを熱っぽい文体で描いたパートと、死の気配を濃厚に漂わせる沈鬱な文体のパート、この二つをまるでマリファナによる躁鬱のように巧みに描き分けた作品です。いわば「紅い弔旗」をネガポジ逆にしたようなこの短編は、(発表順に作品を並べた)『皆川博子作品精華 迷宮』にはまるで双生児のように寄り添って収録されています。

 

  1. 黒と白の遺書」 初出:野生時代1974年12月号 『皆川博子コレクション3』収録

 かつて学生闘争の一幕を切りだした鮮やかな写真で世間の注目を集めた報道写真家十河明里。彼女に憧れ、アシスタントとしてスタジオにもぐりこんだ宏は、ハーフの美少女エダと出会う。9歳のエダの本質に潜む淫蕩さ、血と傷への傾斜を見出した十河は、エダを被写体に、美しくもおぞましい写真を次々と撮影していく。そんなエダの肉体に、宏は罪の意識を抱えながらも惹かれていき……

 よくもこんな作品を商業誌に発表できたものだ、と驚かざるを得ないアモラルな美意識に貫かれた作品です(それゆえに単行本化を避けられてきたのかもしれません)。欲望の究極を追求するために、人を壊すことを厭わない十河明里の壊れ方、また彼女に壊された(あるいは壊されかけた)人々の苦悩と快楽を、むしろ恬淡とした筆致で見事に捉えた秀作。

 

  1. 牡鹿の首」 初出:別冊小説新潮1975年1月号 『水底の祭り』収録

 動物ないし鳥の剥製を作るという、一瞬の生と死の交錯を永続させようとする冒涜行為に皆川博子はひどく惹かれているように見えます(「天使」「」など)。あるいは、この作品においては「生を永続させる」行為かもしれません。女性剥製師の麻緒と男娼の少年廉の密やかな交歓を描いた本作のハイライトは、大鹿が散弾銃に斃れる死の瞬間よりもむしろ、完成した剥製に義眼を入れる瞬間、鹿の首がまるで再び生を得たかのように、いや死骸に再び生を与えてしまったかのように、剥製の眼に光を見てしまう廉の狂気にあるからです。

 

  1. 遠い炎」 初出:別冊小説現代1975年4月号 『トマト・ゲーム』収録

 戦後三十年近くを経て、良江は「私」の近くに帰ってきた。無気力でろくに家事も出来ない私とテキパキとした家政婦の彼女。ひどく遠い、それゆえに妙に生々しい戦時中の記憶が今の私の、どこか虚ろな夢とシンクロして、ここに炎を呼び起こす。

 「なぜ私は火をつけたのか」という謎を核に、30年前の記憶を揺り動かす現代の悪夢を描いた作品です。「文体と主題の幸せな(しかし不幸せな)結婚」を「地獄の猟犬」や「黒と白の遺書」の中で実践してきた皆川にとって、睡眠薬に溺れ、朦朧とした「私」の意識をゆるやかな筆致で描くことで、読者の妄想的世界への導入を自然と済ませてしまう技法は、もはや自家薬籠中のものと言えます。『祝婚歌』から唯一『トマト・ゲーム』講談社文庫版に再録されたのも納得の良作です。

 

  1. 薔薇の血を流して」 初出:小説現代1975年7月号 『薔薇の血を流して』収録

 「マン島のバイクレース」と「父と娘の確執と歪んだ愛」という二つの主題をひとつにまとめ上げた、皆川博子の「異国もの」第二弾です。かつて日本に暮らしていた時に現地妻に産ませた女の子を、実の妻が生んだ息子が乗るサイドカーの備品としてしか見ていない父親の異常性(娘を霊媒の道具としてしか顧みなくなった「巫子」の父親のそれと瓜二つ)はもちろんおぞましい代物ですが、作者はここにもうひとひねりを加えています。終盤の説明がややくどいですが、父と娘の血の紐帯が導く結末の意外性は抜群です。

 

  1. 鏡の国への招待」 初出:別冊小説現代1975年10月号 『水底の祭り』収録

 今度はクラシック・バレエを主題に取った作品です。とはいえその中心にあるのは「鏡に写った」私の姿であり、師匠の影になりきるために、全てを犠牲にしてきた中年女の悪夢なのですが……殺人者と恐喝者の、擬似的な愛情にも似た感情を掬い取っているところが面白いですが、短い枚数に詰め込み過ぎた感もあります。テーマを絞ってシンプルに仕上げた方が良かった作品かもしれません。

 

  1. モンマルトルの浮彫」 初出:別冊問題小説1975年10月号 『薔薇の血を流して』収録

 「異国もの」第三弾。なぜかこの後、皆川博子はしばらく外国を舞台にした作品を書いていません。フランスで自殺未遂を起こして日本に強制送還され、療養所に閉じ込められた身元不明の女性が、なぜ再び自殺を試み、ついには死に遂げてしまったのかという人の心の闇に閉ざされた謎に「愛渓院」の医師伊倉が挑む、ニューロティック・サスペンスめいた作品です。

 この伊倉医師は、前回紹介した「暗い扉」(『皆川博子コレクション5』収録)の探偵役であり、皆川作品には極めて珍しいシリーズ探偵といえるキャラクターであるようです。とはいえ、本作でむしろフィーチャされているのは、女性の弟で狂える天才画家田浦と、前衛映画監督のブリュアンでしょう。彼らの狂気に当てられたように、死が物語に蔓延していく様はおぞましくもそれゆえに魅せられてしまいます。

 

  1. 水底の祭り」 初出:小説現代1975年12月 『水底の祭り』収録

 東北のM**湖では、水底に沈んで浮かび上がって来ない屍蝋がゆらゆらと揺れるのだという……というおぞましくも凄絶で美しいイメージを読者に完璧に植え付ける、初期皆川博子を代表する傑作短編です。この物語の背後に、戦後日本に確実に存在しながら、しかし語られることもないまま秘された事実があることを、今回再読するまで完全に失念しておりました。

 

 ということで、第2回は終了です。今回は『水底の祭り』と『薔薇の血を流して』の二短編集の収録作品を中心に読みましたが、いかがだったでしょうか。先に説明したとおり、前者は簡単に入手できますし、後者も二度文庫化されている(徳間文庫→講談社文庫)だけあって、比較的入手容易な部類に入る短編集ですので、興味の向きは手に取ってみることをオススメします。なお、今回の個人的ベストは「試罪の冠」「黒と白の遺書」でした。こちらも是非!

 

 さて次回ですが、3月中の更新を目標に進めていきたいと思います。「アイデースの館」(1976年2月)から「湖畔」(1977年5月)までの14編を対象にする予定です。いよいよ未収録短編も登場する次回を、よろしければお楽しみに。

皆川博子全短編を読む 第1回

 今回から唐突に皆川博子の全短編を読んでいきたいと思います。しかも短編集別ではなく、雑誌発表順に。

 先日国会図書館で、現行唯一の未単行本化長編『碧玉紀』(1999~2000、文藝ポストに全6回連載)をコピーした際、その待ち時間に雑誌掲載の未収録短編をいくつか読みました。分かっていたこととはいえその凄みに打たれました。もっと読みたい、読まなければ、そう欲情させられました。『皆川博子作品精華 迷宮』の編者、千街晶之氏はその解説で、「財宝の山に分け入ったはいいが、持参した革袋にそのすべてを収めることは無理と悟り、宝の殆どを残したまま下山を余儀なくされたトレジャー・ハンターの心境とでも言おうか」と未収録短編を読む天上の至福を、そしてアンソロジーの枠に合うように振るい落とす苦しみを語っています。しかし、私は別にアンソロジーを編む訳じゃないから、その喜びだけを持ち帰れる。おお、なんと幸運なことか……

 しかもここ数年、出版芸術社の『皆川博子コレクション』を中心に、彼女の膨大な未収録短編をまとめていこうという流れが急速に加速しています。実際、日下三蔵氏作成の短編リスト(『皆川博子作品精華 伝奇』所収)準拠で100程度あった未収録短編は、初期作品集『ペガサスの挽歌』(2012、烏有書林)刊行以降、40程度減少しました。うわあ、いまこそ未収録短編を読む好機!コピー代かからないからお財布にも優しい!

 そうなってくると、全短編を読みたくなるのもごく自然な流れでした。現行発表されている368の短編(同人誌発表作品含む)のうち、1/3くらいしか読んでいないごく素人の私ですので、これを機に短編集の未読もどんどん減らせますし、ついでに「皆川博子コレクション」収録の長編もどんどん読めて、アセンションに至れるのではないかという大いなる期待を寄せるところです。あとさすがに、全短編について発表順に一言なりとも感想を述べているという文章はネット上にも発見できませんでしたので、「皆川博子って、こんな素人にも何か全短編読ませたくなるような作家なのか」と興味を引きたいな、本を買ってもらいたいなとそういう下心見え見えの連載になります。とりあえず、全25回くらいで完結出来たらいいな~。(「長編を含む現行全作品」レビューは、個人で出来るレベルではありませんので、謹んで辞退させていただきます)

 ではレッツドン。

 

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 01. 「墓のないお墓」 初出:アララテ(同人誌)1970年5月号 『ペガサスの挽歌』収録

 皆川博子のデビュー前後の状況については、最近出たものではハヤカワ文庫JA版『トマト・ゲーム』巻末の解説などで詳述されているため、ここではざっくりと。文学賞への投稿を繰り返しながら、児童文学の同人誌に参加した皆川博子の「発表」第1作(と思われるもの)がこの作品です。「人間魚雷」に乗りこみ敵空母への体当たりを敢行するも、機械の不良によりその目的を果たさぬまま海の底に消えたはずの青年の一人語りは、なぜか戦後の、平和を取り戻した世界へと移行し……「戦争を美化することを許さない」という憤りというよりは戦争の虚無を覗きこまされるむしろあっけらかんとした結末。頻出する読点に寸断される読者の思考を、むしろ主人公のそれに同調させていく技巧を含めて、児童ものとして単純に片付けてはいけない作品だな、と思わせてくれます。

 

 02. 「戦場の水たまり」 初出:アララテ1970年6月号 『皆川博子コレクション5』収録

 ベトナム戦争の悲惨な状況を、現地の少年の視点からとらえた作品。相次ぐ空襲、戦車部隊による蹂躙、ゲリラとなった兄の運命、とハードな現実を臆すことなく描いています。忽然と登場する「水たまりの中の理想郷」というファンタジー要素と現実を折り合わせていく手腕は水際立っており、とりわけ「空の色」というファクターは非常に上手い。暗澹とした戦争の中でもなお青いベトナムの空を思わせてくれます。作者自身の戦争体験と絡めて語ることでさらに深みのある議論をすることが出来るのではないでしょうか。

 

 03. 「コンクリ虫」 初出:アララテ1970年7月号 『ペガサスの挽歌』収録

 夜間のビルで、泊まり込みの警備のバイトをしている吉田君の元にやってきた、コンクリートを食べ、小憎らしくもぺらぺらしゃべる正体不明の「コンクリ虫」を描いた、これまでの二作とは打って変わってファンタジックな作品。「児童文学」を意識したのでしょうか? とはいえ、閉塞感のある現代の世、「すべて発見済み」の索莫とした海ではなく、中世のガレオン船行き交う海への憧れを語る吉田君と「コンクリート」に穴を穿って現れた(閉塞感の打破?)「コンクリ虫」の交感、そして妖精的存在の正体が明かされる美しいラストシーンまで無駄なく緊密に構成された良作です。なお、この作品はのちに改稿され、『新潮現代童話館2』というアンソロジーに収録されましたが、なぜかそういった要素が激減してしまいました(その後、『皆川博子コレクション5』に再録)。

 

 04. 「こだま」 初出:アララテ1971年5月号 『ペガサスの挽歌』収録

 05. 「ギターと若者」 初出:アララテ1971年7月号 『ペガサスの挽歌』収録

 「アララテ」への三月連続の掲載、一年のブランクを経て発表された二作。「バカヤロ」という歪んだ感情から生まれた(本人には悪意のない)「こだま」が、誰にも受け入れられず孤独に悩み、それでも最後には理解しあえる仲間を見つけ出して行くという前者と、歌うたいの青年と(なぜか言葉を話す)ギターが、旅をし、その道を分かち、そして再び巡りあう後者のいずれも、短いページ数ながら童話的語りとテーマが無理なく結び付いており弱いもの寄る辺のないものへの作者の優しい視線を感じさせてくれます。

 

 06. 「シュプールは死を描く」 初出:高二コース1972年12月号~1973年2月号 『皆川博子コレクション5』収録

 学年誌に三回分載で掲載された謎解きミステリ中編です。雪山の少年院から脱走した青年が決死の覚悟で辿りついたスキーロッジで起こった殺人事件の謎に迫ります。物語の構図はかなり複雑ながら様々な要素がしっかり生きている面白い作品ですが、謎解きそのものは事前に提示されている証拠が十分でないこと、主人公たちのやや説明過多な会話の流れで結末に「辿りつかせた」感が強いこと(犯人が最後うっかり罪を認めてしまうところまで含めて)から、不完全燃焼感があります。ただし、主人公の青年と一緒に脱走した仲間が、殺人者の罠に掛かって死んでしまうという衝撃の展開(その一)を含め、とにかく読者の予想外を突いていこうという作者の憎い心遣いは評価したいところ。

 

  07. 「暗い扉」 初出:中三時代 1973年4月~6月 『皆川博子コレクション5』収録

 同じく学年誌に三回分載で掲載された作品。「殺人を犯した」と自首してきた少女の示す痙攣症状に不穏を感じたカウンセラーの伊倉が、少女の周辺状況を探った時に見えてきた真実とは……? 少女の心を閉ざす「暗い扉」にいかに取り組むかという丁寧なニューロティックサスペンスと言えます。精神病院ネタにはこの時期から既に取り組んでいたのか!と正直驚かされました。しかも意外と完成度が高い。二転三転する謎の展開には、ミラー/ロスマク夫妻の作品にみられるそれと同じ匂いを感じます。読書家でミステリも好きな作者ですからポケミス初期の『狙った獣』などを読んでいてもおかしくはありませんが、実際のところどうなのか。

 

 08. 「アルカディアの夏」 初出:小説現代1973年6月号 『トマト・ゲーム』収録 

 本短編は、小説現代新人賞受賞作にして、皆川博子の大人向け短編のうち初めて「雑誌に掲載」されました(単純に執筆されたということでは、例えば後に修正の上で小説ジュニアに掲載された「47. 地獄のオルフェ」などはこの前の小説現代新人賞投稿作品ですが、この連載ではとにかく掲載順に拘っていくということで)。孤独と隔絶を抱え込んだ少女がちゃちな鍵で閉ざした自室を「アルカディアの森」として静かに壊れていくこの作品を含めて皆川短編のいくつかは、築40年ほどながら先日ついに取り壊された、明りが足りずどこも薄暗い母の実家を思わせる何かがあり、その点で非常に心の深い部分に働きかけてきます(ごく個人的な感想です)。

 

 09. 「トマト・ゲーム」 初出:小説現代1973年7月号 『トマト・ゲーム』収録 

 受賞後第一作の鳴り物入りで掲載されたのではないかと考えられる(初出誌そのものについては未確認のため不明)恐ろしく完成度の高い傑作です。30年の歳月を経て繰り返されるどす黒く生々しい流血と物語の裏側で交わされる密やかな視線の悪意が文庫60ページほどの分量に詰め込まれ、読者を必ずや戦慄させる結末へとなだれ込んでいきます。ところで、『トマト・ゲーム』にはなぜか動物をモチーフにした作品が多いですが、この作品もある意味でその一つになりますね。

 

  10. 「獣舎のスキャット」 初出:小説現代1973年9月号 『トマト・ゲーム』収録

 この後登場する「13. 蜜の犬」とともに、作者の意図により講談社文庫版には収録を見送られた曰くつきの作品です。もし読む場合には、最新のハヤカワ文庫JA版を手に取られることをおすすめいたします。ただし講談社文庫版は今となってはかなり希少な本なので、こちらから手に取るという人も少ないことでしょうが。

 ピンク・フロイドの陰鬱な曲を背景に、少年院から出てきたばかりの弟と彼の部屋を盗聴する姉との陰険な駆け引きが描かれていきます。ぞっとするほど無感動で人を人とも思わない彼らと、常に悪意の籠った家族の会話(とその欠如)の末に堕ち込んでいった悪夢とは……その望みなき結末に至っても抑制された、むしろ「索莫とした」と呼ぶべき描写が続く本編は実に「最悪」です。

 

 11. 「ペガサスの挽歌」 初出:別冊小説現代1973年11月号 『ペガサスの挽歌』収録

 打算的なようでどこか破滅的な若い後妻と、彼女にハウスワイフとして以上のものを求めない夫、そして対照的な二人の息子の四角関係が巻き起こす死の嵐。長野の別荘地で起こった死亡事件の真相を女の視点から振り返って描いたこの作品は、いわゆる悪女ものの範疇に入る作品なのでしょうが、先にも書いたとおり倫理観が不安定に壊れたキャラクター造形(放埓に自分の欲望を満たすだけというよりは、むしろ常人との境を不安定に揺れている)が、読者をも不安にさせる作品と言えるでしょう。

 

 12. 「漕げよマイケル」 初出:小説現代1974年1月号 『トマト・ゲーム』収録

 受験勉強のストレスに壊れた少年たちの物語と括ってしまってもいいのですが、再読してむしろ感じたのは、完全犯罪を成し遂げながらもどこかで圧倒的権威からの裁きをただ待ってしまう少年の「強い父親」像への憧れでした。これ、正方向か逆方向かはさておき、作者自身のメンタリティともつながってくる部分なんでしょうか。う~ん、まあ評者が勝手に判断していい内容でもないですけれど。

 

 13. 「蜜の犬」 初出:小説現代1974年2月号 『トマト・ゲーム』収録

 先に述べたように「獣舎のスキャット」とともに、講談社文庫版への収録を見送られた作品です。ジャーマン・シェパードへの純粋な憧れを抱き続ける少年の欲望がいかにして満たされ得たかという物語ですが、興味深いのはこわれてしまう青年が、少なくとも内面的には少年の言うジャーマン・シェパードの特徴を備えているようには思われない「負け犬である」というところでしょう。逆にいえば「こわれてしまったからこそ」いかにでも後付けで調教しうるという意図もコミなのかもしれませんが。

 なお、単行本版『トマト・ゲーム』はここまでに登場した5作品を収録し、1974年3月に刊行されました。デビューわずか1年での単行本化というのは、皆川博子への期待度が如何に高かったかを感じさせるエピソードでありますな。

 

 ということで、『トマト・ゲーム』刊行までの最初期作13編をお送りいたしました。後半ほど、レビューが短い気がする? ま、『トマト・ゲーム』収録作品はめちゃめちゃ語られていますからね。ハヤカワ文庫JA版の解説も素晴らしいので、私の駄文を読む前にそちらを手に取る方がはるかに有益ですから~(という逃げ)。

 「どこにも行かれない閉塞感」と「どこか壊れた登場人物の孤独」(からの救済はあったりなかったり)を描いた作品が多いですが、これは様々に姿を変えながら皆川作品のモチーフとなっていきます。「デビュー作にすべてがある」というのはありがちな表現ではありますが、こと皆川博子についてはそれがまさに当てはまる訳ですね。

 

 次回は多分、「27. 水底の祭り」まで収録するつもりです。まあ、連載が続くかどうか、またいつ頃掲載されるかなどの点についてはまったくお約束できませんが、もしよければ期待してお待ちいただければ幸いです。

最後の宣伝

明日は第21回文学フリマ東京ですね。

再三宣伝している通り、アントニイ・バークリー書評集製作委員会は2階のエスカレーターからは離れている方の扉の目の前、カ-02にスペースをいただいております。

頒布物は、『アントニイ・バークリー書評集 第3巻』。「英国女性ミステリ作家」編ということで、英国生まれの女性作家ばかりを30名ほど集め、彼女たちの作品ざっと150冊分をバークリーが書評でどのように弄り倒したかを明らかにしたいと思います。なお、オフセット96ページと第1巻、第2巻に比べてページ数は倍増しました。スゴイ!(校正の手間が)

新刊の第3巻は500円です。なお、当日は小部数ですが第2巻(フランスミステリ編、こちらは300円です)を持ち込む予定です。まだ購入していないという方は、こちらもご検討くださいまし。

 

細かい内容については、こちらも参考にしていただければと。

deep-place.hatenablog.com

 

なお、書影はこんな感じであります。色は私もまだ実物を見ていないのでよく分かりません。

 

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当日は、東京流通センター 2階のカ-02でお待ちしております。

 

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今回の文学フリマでは、サークル「海外文学好き好きボーイズ」(文フリカタログではこちらを参照

https://c.bunfree.net/c/tokyo21/2F/%E3%82%A4/1

)の『東京創元社 海外文学セレクション全レビュー』に、5本ほどレビューを寄稿いたしました。具体的には『長い日曜日』『沈黙のあと』『私家版』『葬儀よ、永久に続け』『迷える者へのガイド』です。好きな作品ばかりやらせていただきました。まったく感謝です。三門のレビューは低価値ですが、参加者の皆さんはとてもレベルが高いので、ミステリSF純文学ブラックユーモア幻想怪奇、なんでもありのあのレーベルに興味のある人は是非手に取ってみてください。

 

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最後に、第三巻三本目のサンプルを投下します。

では、以下をダウンロードしてくれたまえ。

 

http://bit.ly/1PTJvQr

 

アントニイ・バークリーの、変に作家に拘らないときの目の高さを感じさせるのが、メアリ・スチュアート My Brother Michael のレビューです。1960年のベスト、と年度当初から大言していますが、この作品は実際CWAのゴールドダガー次点(当時はシルヴァーダガーはなかったためこのような表記になります)となっています。ちなみに、ゴールドダガーがライオネル・デヴィッドスンのデビュー作『モルダウの黒い流れ』であり、同じく次点に入ったのがジュリアン・シモンズ『犯罪の進行』(翌年のエドガー賞受賞作)であるところからも、並び立つ本作のクオリティの高さが窺い知れるでしょう。スチュアートの作品は実は数作翻訳されているようですが、となると俄然興味がわいてきませんか? ことに、シェイクスピアの戯曲「テンペスト」の舞台であるコルフ島を背景にした『この荒々しい魔術』(世界ロマン文庫)は、かなり面白そうなゴシックロマンス。こちらでも紹介されていますが、現代の目から見ても上質な作品のようですね。

Dynamite: This Rough Magic

 

グウェンドリン・バトラーも翻訳の進んでほしい作家なのですが、なかなか翻訳されませんね。バークリーが紹介しているうちでも、 Coffin Following などトリッキーでかつ読みやすい作品が多いようで、ついつい電書を買ってしまいそう。

前回登場したヘレン・ロバートソンも再登場。やっぱり面白そうですね。

左下ではマーシュ、フェラーズ、ギルバートをそつなく褒めていて、こうなると英国の女性作家にはやはり優しいのかなあ、なーんて。

 

より具体的には、ぜひ本誌を手に取っていただければ幸いです。

どうぞよろしく。

バークリー書評集が紹介されました

こういう宣伝っぽいことをやりたかったんですよ。

 

11/24発売予定のエラリー・クイーン外典コレクション『摩天楼のクローズドサークル』の飯城勇三氏の解説にて、バークリー書評集第1巻から一部引用していただきました。ご活用いただきありがとうございます。

というのも、第1巻に収録されたエラリー・クイーン代作『夜の帳が降りる時(仮)』が、この『摩天楼のクローズドサークル』だからなのであります。かなり褒めているフランシス・M・ネヴィンズ・ジュニアの書評と並べていただきましたが、クイーン愛の絶望的な欠如があからさまでいささか寂しい。

少なくとも、バークリーが捜査パートの面白さは認めている本作、まだ読んでないのでなんですが、数多ある代作群のなかでは相当面白い方らしいので私は期待しています。え、『密室のチェスプレイヤー』はどうだったかって? 私に聞きますかね、それを。

なお書影はこんなんです。

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おまけとして、第3巻の見本第二弾を公開します。

まずは以下をダウンロードしてくれたまえ。

 

http://bit.ly/1lyIJgB

 

前回中途半端な出来の作品ばかりのページを選んでしまったので、今回はド級の傑作が登場するページにしてみました。

グラディス・ミッチェル『二十三番目の男(仮)』は、誰もが認める大傑作で、バークリーも大絶賛してますし、グラディス・ミッチェルのファンサイト「The Stone House」でも、数少ない★×5評価(『月が昇るとき』や『ソルトマーシュ』と同格、というからには傑作なんでしょうなあ)。Great Gladysの名に恥じない作品のようです。翻訳出ないかなあ。

ヘレン・ロバートソンという作家は本邦未紹介の謎の作家ですが、バークリーは彼女の情景描写や細かい人物描写からサスペンスを生み出す実力を認めているようです。とはいえ、これはさすがに邦訳可能性0%でしょうか。

E・C・R・ロラックは別名義作品も含めて2作だけ(晩年なもんで……)ですが、総じて評価は低いようです。バークリー好みというと、派手で読みやすくてというのが一本あるようなので、どうにもこういうストーリーの起伏に乏しい作家は厳しい物があります。とはいえ、他の地味な作家もいいところを見つけて褒めていたりするので、純粋にうまが合わないとか、そういうことなのかもしれません。

 

今回は見本を第三弾まで用意してありますので、前日にまたアップします。そちらもぜひよろしくです。

 

 

 

バークリー書評集続報

続報と言って、それほど書くことがあるわけでもないのですが。

 

①書影が確定しました

こんな感じです。

 

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渋いような、そうでもないような色合いですね。

茶⇒青⇒赤なので、次回は緑ではないかというのが、私の推測です。根拠は特にありません。

 

文学フリマのカタログにもこちらの写真を掲載しています。私のやる気に関わるので、みなさんぜひ「気になる!」ボタンを押しまくってください。

こちら⇒「アントニイ・バークリー書評集 第3巻」アントニイ・バークリー書評集製作委員会@第二十一回文学フリマ東京 - 文学フリマWebカタログ+エントリー

 

②本文見本ができました

 

とりあえず第一弾。こちらをダウンロードしてください。

http://bit.ly/1Sxbjcf

親の顔より見馴れた、1956年11月2日(バークリーのマンチェスター・ガーディアン紙初投稿日)の記事から始まる本書評集の第1ページです。

エリザベス・フェラーズ、グラディス・ミッチェル、ナイオ・マーシュとベテラン勢がずらり。思い切り絶賛するか、思い切り貶すかしてくれればいいのですが、どうもはっきりしないのは、やはりお仲間への遠慮なのか?

マーシュ『道化の死』のレビューでは、バークリーの犯罪「小説」に対する思いの一端が語られていて興味深く読めると思います。

発売日までにあと数回見本を掲載していきますので、お楽しみに。次はきっと絶賛があるに違いないと思いたいです。

 

11月23日(月・祝)、第二十一回文学フリマ東京で頒布します。近日中に盛林堂書房様での委託も始まりますので、会場に来られない方はこちらをチェックしてみてください。

よろしく。

今こそ立ち上がれ、公式ブログ

10月読書まとめが掲載されておりませんが、気にしないでください。

そこに私はいません。死んでなんかいません。

 

閑話休題。これまでtwitterでしか情報を発信しておりませんでしたが、今後は「深海通信」を「アントニイ・バークリー書評集製作委員会」の公式ブログとして本格的に活用していきたいと思います。実際、見落とされていることが多いようですし。

以下告知。

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11月23日(月・祝)に東京流通センターで行われる第21回文学フリマ東京にて、「アントニイ・バークリー書評集」の第3巻を頒布いたします。A5判の96ページオフセットで500円ぽっきりと大変良心的な価格設定になっております。

スペースは2階のカ-02。階段で上がってすぐの扉を入ると目の前のお誕生席です。お隣は探偵小説研究会様(カ-01)とワセダミステリクラブ様(カ-03)、もひとつ隣が風狂殺人倶楽部様(カ-04)と、大御所揃い。お買い物がお済みになったらうちも冷やかしていただけると幸いです。

さて、内容。

「英米三大巨匠(クイーン、カー、クリスティー)特集」(第1巻)、「フランスミステリ作家(シムノン他)特集」(第2巻)に続く第3巻は「英国女性ミステリ作家特集」。英国(含旧植民地)出身の女性作家という条件で、名前の通ったそこそこメジャーな作家から、本邦ではまったく未紹介と思われるドマイナー作家まで、総勢30名、150本分の書評を集めました。

ここでは、その30名を一挙ご紹介いたします。(太字は10作以上紹介の作家)

キャサリン・エアード/マージェリー・アリンガム/ジョセフィン・ベル/マーゴット・ベネット/パメラ・ブランチ/グウェンドリン・バトラー/パトリシア・カーロン/ガイ・カリンフォード/ドロシー・イーデン/エリザベス・フェラーズジョーン・フレミング/シーリア・フレムリン/アントニイ・ギルバート/スーザン・ギルラス/P・D・ジェイムズ/シャーロット・ジェイ/エリザベス・ルマーチャンド/E・C・R・ロラック/ナイオ・マーシュ/グラディス・ミッチェル/マーゴット・ネヴィル/エリス・ピーターズ/ジョイス・ポーター/ルース・レンデル/ヘレン・ロバートソン/エリザベス・ソルター/メアリ・スチュアート/パトリシア・ウェントワース/サラ・ウッズ

いやあ、もののみごとにマイナーですね。これまでの巻では、「クイーンの書評ですか?」「シムノンの書評ですか?」と勘違いして買ってくれた方もいらっしゃいましたが、今回はさすがに無理でしょう。

血風吹き荒れる黄金期から生き残ってきた叩き上げのおばさま方と、今後新時代を築き上げていく実力派の新人たちが入り乱れる戦国乱世に突入した60年代イギリスミステリの趨勢に興味をお持ちの方にとっては、ある意味貴重な資料になるかもしれませんが、日本に何人いるのかな? 10人くらいかな?

個人的には、レンデルやジェイムズ以上に圧倒的にバークリーの寵愛を受け、才能を開花させていくシーリア・フレムリンと、静的だ退屈だとぐちゃぐちゃごねながらもその実力をしっかり認めているエリザベス・フェラーズ、どうやら面白い作品はまだ訳されていないらしいジョーン・フレミングとジョセフィン・ベル、そして本邦未紹介ながらも、バークリーがデビュー時から見守り続けるサラ・ウッズあたりに今後スポットライトが当たる事を期待したいのですが、無理でしょうね、地味ですから。

これら充実のレビューの他に、「アントニイ・バークリー作品を日本で最も多く手掛けた編集者」藤原義也氏の巻頭レビューを戴き、「アントニイ・バークリー書評集 第3巻」は96ページで500円、96ページで500円となっております。盛林堂書房様の通販もあるので、会場に来られない方はこちらをご利用いただければと思います。

表紙画像やページの見本ができたら、こちらのブログにアップロードしていきますので、ぜひご覧くださいまし。

 

それでは、文学フリマの会場でお会いしましょう。

 

※なお、第22回文学フリマ東京で出るかもしれない第4巻は「英国男性ミステリ作家特集」の予定で、総勢40名、200本分くらいやることになりそうです。確実に誰かが死にますね。

9月読書記録

看板に偽りしかない週刊読書記録という名の月刊読書記録を更新します。

 

・買った新刊

ジョナサン・ホルト『カルニヴィア3 密謀』(ハヤカワ・ミステリ)

E・C・R・ロラック『曲がり角の死体』(創元推理文庫

ヘレン・マクロイ『あなたは誰?』(ちくま文庫

エラリイ・クイーン『チェス・プレイヤーの密室』(原書房

クリスティーナ・オルソン『シンデレラたちの罠』(創元推理文庫

E・R・ブラウン『マリワナ・ピープル』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

フィル・ホーガン『見張る男』(角川文庫)

アンネ・ホルト『ホテル1222』(創元推理文庫

 

・読んだ新刊(評価は超主観。今回から5段階。*はプラスアルファです)

デニス・ルヘインザ・ドロップ』(ハヤカワ・ミステリ)

トム・ロブ・スミス偽りの楽園』(新潮文庫

⑤*ルース・レンデル『街への鍵』(ハヤカワ・ミステリ)

③ラング・ルイス『友だち殺し』(論創海外ミステリ)

④ジョナサン・ホルト『カルニヴィア3 密謀』(ハヤカワ・ミステリ)

②E・C・R・ロラック『曲がり角の死体』(創元推理文庫

②エラリイ・クイーン『チェス・プレイヤーの密室』(原書房

④E・R・ブラウン『マリワナ・ピープル』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

③*ヘレン・マクロイ『あなたは誰?』(ちくま文庫

③ベイナード・ケンドリック『暗闇の鬼ごっこ』(論創海外ミステリ)

③*イアン・ランキン偽りの果実 警部補マルコム・フォックス』(新潮文庫

④フィル・ホーガン『見張る男』(角川文庫)

 

④以上の作品について、以下コメント。

 

トム・ロブ・スミス偽りの楽園』は、『チャイルド44』のシリーズで高く評価された作者の待望の新作です。偶然も必然も善意も悪意もすべて呑みこんで、憎悪と嫉妬に満ち、どこまでが本当のことなのか判断できない「自分の物語」を語り続ける母親の狂態を、微かな嫌悪や憐れみを持って見守ることしかできない息子。意図的に排除された父親も含めて誰もが欠落を抱えたまま生きているのが常態のこの世界が、最後のシーンで一瞬だけ救済される。『エージェント6』で示した「家族の物語」の続きをこのような形で描いてみせるとは、と新鮮な驚きを感じさせてくれる作品でした。

昨年亡くなって少なからぬ海外ミステリファンを嘆かせたルース・レンデル『街への鍵』は、実に12年ぶりの邦訳。ロンドン北部に位置するリージェンツ・パーク周辺の地域を舞台に、老若男女入り乱れる群像劇が展開される、という作品です。四人の人物の視点を次々に入れ替えながら物語は語られていきますが、この中でもメインの位置を与えられている妖精のような美女メアリの危うい恋が、他の登場人物たちと同様にレンデルの回す運命の輪の中に絡め取られていくところが非常に巧みに演出されています。その語りにいささか演出過剰な部分もありますが、終盤の展開には眼を離せなくなること間違いなし。現代ミステリーの女王の一人、レンデルの新たな傑作の訳出を喜ぶとともに、続刊にも大いに期待したいところです。

ジョナサン・ホルト『カルニヴィア3 密謀』は、イタリアの観光都市ヴェネツィアと、それを模したネットワークサービスカルニヴィアを巡る国際陰謀小説の第三弾にして完結編です。秘密組織の裏切者を意味する方法で殺された死体の謎を追う憲兵隊大尉カテリーナ、カルニヴィア運営からの引退を決意するも、突如発生した異常事態への対処に追われるダニエーレ、軍人だった父を陥れた陰謀へと敢然と立ち向かうイタリア駐留米軍少尉のホリー。三人がそれぞれ関わった事件が一つの大きな陰謀へと結びつく展開は前二作同様ですが、今回はその規模の大きさ、そして彼らのプライベートへの衝撃度は過去最大です。ハイスピードで展開される物語の結末は酷く苦く、そしてシリーズの幕引きに相応しいモノとなっています。オススメ。

E・R・ブラウン『マリワナ・ピープル』は、カナダの犯罪小説家による第一作。17歳の元天才少年(14歳で大学に入学するも1年で中退、今は地元のコーヒーショップでバイトのバリスタをやっている)がアメリカとカナダの国境を越える麻薬ビジネスへとその身を転落させる様を落ち着いた筆致で、時に滑稽に時に悲惨に描いた秀作です。何しろ彼の暮らす街は彼が知らなかっただけで、ほとんど全住人がなんらかの形で麻薬に関わっているのですから、彼一人が悲壮感に浸ってもギャグにしかならん訳です。青春の儘ならなさに七転八倒し、小金を溜めては可愛い彼女とキャンパスライフを夢想する主人公に幸あれ。ああ、これぞ青春小説。カナダ人作家らしい(?)おかしなくすぐりも満載の良作です。

 

と言ったところでしょうか。あと一冊選ぶなら、ヘレン・マクロイ『あなたは誰?』をオススメします。ニューロティックサスペンスにありがちなテーマを、数年先取りした非常に先進的な作品ですが、そんなネタよりむしろ、序盤から醸成した「嫌な雰囲気」を中盤から終盤にかけて不穏不信からの恐怖へと一気に昇華するそのストーリーテリングの才に舌を巻きました。だから結末がしょぼくても許せます。むしろ結末で躓かなければ④でした。

 

さて、気がつけば今年の新刊期間もあとひと月。あれもこれも読んでいないのに、もう30日を切ってしまいました。ウソでしょこれからまだまだ出るのに……。

 

論創海外ミステリの新刊は例によって一般書店での刊行がずれこみ10月に入ってから出ました。マーガレット・ミラー『雪の墓標』とロジャー・スカーレット『白魔』です。前者は傑作『狙った獣』の前年に刊行された著者の初期と中期の間の作品で、その出来具合に大きな期待がかかります。後者は、個人的には興味がありません。合わない作家っていますよね。

10月の新刊一発目は、『特捜部Q』でいまやおなじみのユッシ・エーズラ・オールスンの初期作『アルファベット・ハウス』です。栄光のポケミス1900番ということで、期待してもいいのではないでしょうか。私は買いませんけど。

ピエール・ルメートル、正直昨年末からの大大大大大プッシュ攻勢に飽き飽きしているんですが、また出るようです。しかも二冊。お互いに食いあって得しないと思うんですが、売り時って大事よねということで。『その女アレックス』のシリーズの第一作『悲しみのイレーヌ』(文春文庫)と、最新作『天国でまた会おう』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、いずれもバサバサ売れそう。本屋大賞でも取りそう。良いと思います。

同じく文藝春秋からジェフリー・ディーヴァーの『スキン・コレクター』が出ます。リンカーン・ライムシリーズ、いい加減飽きましたね。前作で『エンプティ・チェア』以来久々にお外を駆け廻ったし、ボーン・コレクターの再来だかライバルだかを倒して、そろそろ幕引きにしていただきたいものです。

むしろ愉しみなのは、ポーラ・ホーキンズ『ガール・オン・ザ・トレイン』(講談社文庫)とトニ・ヒル『よき自殺』(集英社文庫)でしょう。前者は米ベストセラーリストの上位を独占し続けたというデビュー作で、当然ハイスミスの『見知らぬ乗客』を踏まえているものと思われます。『グッド・ガール』が良かっただけに、新手の「ガール・ミステリ」には注目してしまいます。後者は堅牢で骨太な警察小説であり、同時に謎の提示から解決まで間然とするところのない緊密な謎解きミステリでもあった前作『死せる人形たちの季節』で(個人的には)フィーバーした作家の第二作。今年翻訳ミステリ部門で当たり作品を出し続けた集英社の締めの一発、大いに期待したいところです。

創元から出る歴史ミステリや北欧ミステリは前情報を入れていないので、まったく分かりません。多分読むので、感想を書けるような良作であればいいなとは思います。

そして10月の論創……レックス・スタウト中編集が出るという噂もあるのですが、果たして奥付10月で刊行できるのか。まったく期待せず見守りたいところです。

 

以上、9月の新刊読書まとめでした。シー・ユー・ネクスト・マンス。

 

 

偽りの楽園(上) (新潮文庫)

偽りの楽園(上) (新潮文庫)

 

 

偽りの楽園(下) (新潮文庫)

偽りの楽園(下) (新潮文庫)

 

 

街への鍵 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

街への鍵 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

カルニヴィア 3 密謀

カルニヴィア 3 密謀

 

 

マリワナ・ピープル (ハヤカワ・ミステリ文庫)

マリワナ・ピープル (ハヤカワ・ミステリ文庫)